第135回県史だより

目次

  • 記事名:新聞に見る岩美郡徴兵忌避事件
  • 活動日誌:平成29年6月

新聞に見る岩美郡徴兵忌避事件

徴兵検査終了と鳥取市の徴兵検査

1.鳥取連隊区管下の徴兵検査終了

 昭和12年(1937年)4月18日に執行された鳥取連隊区管下の当年度徴兵検査は、同年6月27日兵庫県美方郡(みかたぐん)温泉町を最後として徴兵署12ケ所55日間の徴兵検査を終了する。(『鳥取新報』昭和12年6月9日)この間、以下に見る徴兵忌避事件が発生する。

 それに先立ち、徴兵検査の様子について鳥取市の場合を新聞記事から見よう。

2.長髪を切る 鳥取市の徴兵検査 学力試験は午前5時から

 鳥取市の徴兵徴兵検査は4月22日から5日間にわたって寺町の鳥取青年学校で、徴兵官・村(市力)長代理高田市助役・森脇連隊区司令官によって実施された。受検壮丁(そうてい)(注1)は420名。第1日85名、うち無届け不参1名・病気不参2名の計3名の欠席。学力試験は午前5時から行われた。身体検査は同9時から身長・体重・視力・聴力等の順序で行われた。壮丁の中に12名の長髪者が有り、係官によって非常の時であるとして、同検査場で強制的に散髪が行われた。受検壮丁は第2日106名、第3日102名、第4日81名、第5日46名である。学力試験は必ず午前5時に出席であった(『鳥取新報』昭和12年4月23日)。

忌避事件発覚と経過

1.十数名大掛りに徴兵忌避を企てる

 昭和12年5月16日の『鳥取新報』は、岩美郡で起きた徴兵忌避事件について「軍国日本の名誉を蹂躙 壮丁十数名大掛りに徴兵忌避を企つ」、「鳥取憲兵分隊の大活躍」、「先づ十五名検挙 身体を傷つけ或は疾病を作為 前年度壮丁らが教唆」、「深夜緊急村会を開き協議」等の新聞の見出しをつけ、この徴兵忌避が全国的に稀な事件であり、前年度壮丁たちが教唆した事を報じている。

 事件の経過を見よう。同年4月18日・19日・20日の3日間、岩美郡で徴兵検査が実施され、壮丁の中に身体を毀傷し疾病を作為し兵役を免れようとした者が出現した。徴兵忌避行為とは「身体を毀傷し疾病を作為」等により徴兵を忌避することである。しかし、検査官もそれを見抜く技量を備えている。4月22日、鳥取憲兵分隊司法主任以下数名が派遣された。これにより徴兵忌避の確証を得、被疑者15名を検挙し、同分隊に留置の上、厳重取り調べを行い、証拠固めの活動を続け、多数の証拠品を押収した。その結果、犯罪事実が明確となった。

 取調は迅速に行われた。兵役法違反として鳥取検事局に関係書類は送られた。新聞では、ほかに村内で徴兵忌避をした者が暴露し忌避者は「更に芋づる式に拡大するものと観測される」と報道された(『鳥取新報』昭和12年5月17日)。

 この事件で検挙された者の身柄は鳥取憲兵隊留置場に拘束して順次検事局に召喚され、横山次席検事が厳重取り調べを進めた。起訴前の強制処分に依って、午後8時頃鳥取刑務支所へ収容された。更に某(氏名の記載なし)も参考人として5月25日鳥取憲兵分隊に召喚され留置、岡村司法主任係に取調られた。

 この事件に関し、関係した村では全村一丸となって今後の根本的更正策について腐心し、鳥取憲兵分隊も将来の指導について協力を惜しまない方針で、同分隊的場班長は精神訓話を行うため現地へ出張した(『鳥取新報』昭和12年5月26日)。

2.徴兵忌避事件拡大 更に6名送局、合計21名に

 このたびの事件は全国に稀な集団的忌避事件である。15名のうち9名は起訴予審に附され、鳥取地方裁判所河辺予審判事係で取調中である。この15名以外に、昨11年度壮丁のうちに今年同様、徴兵忌避した者が発覚した。数名の関係者を鳥取憲兵分隊に引致し取調べを進めた結果、忌避並教唆の犯行が明白となり、6月11日鳥取検事局へ調査記録を送った。このうち1名は行方を眩まし捜査中である。事件は意外な方面に飛び火し、拡大した。(『鳥取新報』昭和12年6月12日)。

青年学校、教育会の受け止め

1.岩美郡青年学校代表非国民排除宣誓

 徴兵忌避事件は青年学校・教育会も重く受け止めた。岩美郡青年学校研究会は5月17日午前9時から県学務課松久大佐・鳥取連隊区司令部長沢中佐他多数臨席の下に開催され、諸問題につき熱心に研究した。同会席上、このたび起きた徴兵忌避について郡内青年学校長・同指導員・生徒代表若干名が、来る20日午前7時半鳥取駅に集合し、校旗を立て宇倍神社に参拝して、神前において今後このような非国民を出さぬよう宣誓する事を申し合わせた(『鳥取新報』昭和12年5月19日)。

2.教育会の動議

 5月19日市立因幡高等女学校講堂で開催された鳥取市教育会春季総会では、全国希有の徴兵忌避事件が県下に発生したことは遺憾であるとし、市教育会として、本市においてもこのようなことのないように各員協力一致することを緊急動議で可決した(『鳥取新報』昭和12年5月20日)。

地域の受け止めと一忌避者の変化

1.報国 挙村一致で国防献金

 漁業組合員247名は岩美郡湊神社の献酒料を少なくし、又、過日鳥取連隊演習の際、宿営した冷蔵庫使用料31円98銭を国防献金として8月18日鳥取憲兵分隊へ寄託した。その後も名誉回復のため挙村一致して銃後の後援活動を続けている(『鳥取新報』昭和12年8月19日)。

2.忌避事件被告の嘆願

 北支事変(昭和12年7月7日:盧溝橋事件に始まる日中戦争)勃発を知り、徴兵忌避事件関係者の1人は独房から「国家非常時に私は大罪人です。毎日、東の空を眺めて罪を詫びていますが、何で罪を消す事が出来ましょう。どうかお願いですから北支の第一線へやつて下さい。罪の万分の一なりと御返し致します」と五日鳥取憲兵分隊へ嘆願した。また別の1名も、北支事変に集まる挙国一致の熱誠に「今さらながら己を恥じています。一日も早く全快して刑を受け善良なる国民となり、補充兵々籍にある私として第一線へ出征出来る様、懇願します」と憲兵分隊へ決意の程を示してきた(『鳥取新報』昭和12年8月6日)。

裁判

1.公判

 集団的徴兵忌避事件の12名にかけられた兵役法違反事件の非公開公判は、昭和12年10月11日、鳥取地方裁判所で田村裁判長係・横山検事立会・君野・花房両弁護士臨席で開廷した。鳥取連隊区司令部長沢中佐・岸本軍属・青木鳥取憲兵分隊長代理、その他特別傍聴裏に12名の事実審理が行われた(『鳥取新報』昭和12年10月12日)。

2.求刑

 さらに同日、12名の被告に対し一様に懲役6月を求刑され、弁護士の執行猶予論があって閉廷した。判決の言い渡しは10月18日とされた(『鳥取新報』昭和12年10月13日)。

3.判決 一名無罪となる 

 判決は18日午後3時鳥取地方裁判所において言い渡された。このうち9名は求刑通り懲役6月、未決拘留60日通算する。2名は同じく懲役6月、未決拘束40日通算する。1名は無罪(『鳥取新報』昭和12年10月20日)。

 兵役忌避事件について、昭和12年の新聞にはこれ以降掲載されなくなる。その他、この事件に誘発されたと思われるその他の関連記事を以下に取り上げる。

関連した事件

1.徴兵忌避の祈祷を行った宗教者の弾圧

 この集団的徴兵忌避事件について、鳥取憲兵分隊は徹底的に検挙した。徴兵除け祈祷についても厳しく取締まり、鳥取憲兵分隊的場班長は「忌避の祈祷を受けた者は国家社会に害悪を流すものであり、軍事的に影響する処、重大であるから、将来かかる非国民行為は断乎として取り締まる方針である。又、国民の教育指導の立場にある宗教家等は充分覚醒せねばならぬ事だ」と語っている(『鳥取新報』昭和12年6月18日)。

 また、神社寺院仏堂教会等に於ける神札授与・加持祈祷について、警察当局により厳重に取り締まることが6月25日県下全市町村長・神社寺院仏堂教会等に対し厳達された(『鳥取新報』昭和12年6月26日)。

2.簡閲点呼不参の在郷軍人

 昭和11年度、本籍地で執行された郷軍簡閲点呼を故意に履行せず、憲兵分隊で捜査中であった在郷軍人Aが、この度の北支事変により、鳥取憲兵分隊に自首し処置方を願い出た。「憲兵分隊でも善処して、郷里に帰って非常時帝国在郷軍人とし待機するやうに誓わせた」(『鳥取新報』昭和12年8月3日)。

3.非常時反映の軍人志願

 また、兵庫県では6月15・16日、鳥取連隊区管下豊岡徴兵署で執行された徴兵検査に青年Bが出頭し「自分は前年度徴兵検査において身長の関係で不幸にも丙種合格になったことは遺憾に堪えません。本年は身長も伸び、体重も増加したから何んとか再検査の上、採用して下さい」と徴兵官に嘆願し徴兵署を動かないので、森脇徴兵官は諄々法規上不可なる旨を訓諭し家業に精励して他の方面において国家に奉公するように諭して帰らせた(『鳥取新報』昭和12年6月28日)。

4.ぜひ甲種合格にと 再検査を嘆願

 さらに、青年Cは、先般実施された鳥取区管内の徴兵検査で第一乙種になった。「苟(いやしく)も男子に生まれて軍隊に入隊出来ぬとは残念であるから、モ一度検査を受けて是非共甲種合格にして下さい」と28日鳥取連隊司令官に嘆願書を送ってきた。司令官は再検査は出来ない。甲種合格でも補充兵になるものもあり、乙種でも教育召集に応じて3ヶ月の軍隊生活が出来るのだから、落胆せず家業に精励する様に懇切な書簡を寄せた(『鳥取新報』昭和12年6月29日)。

5.放浪生活十余年 帰郷して従軍願

 放浪生活十余年、郷里とも音信も絶っていたDは、時局に鑑み国防の第一線に立ちたいと願い出た。彼は大正10年徴兵検査に合格し入営。12年帰郷したが、その後、郷里を出、十余年九州炭鉱等を転々として郷里との音信を絶っていた。しかし、北支事変の悪化に発憤し急遽帰郷、29日午後米子市役所兵事課に出頭して従軍方手続きを願い出た(『鳥取新報』昭和12年8月1日)。

6.乙女二人 揃って従軍志願

 「女乍らも北支の第一線に立って国の為めに尽したい」と倉吉署に志願してきた二女性がある。この2名は、今春倉吉高女を卒業。自分たちの家庭から一人の軍籍者も出していないので、今回の北支事変に際し、7月29日夜、両人連れ立って倉吉署を訪れた。看護婦の免状は持っていないが女学校で習い覚えた包帯は十分に出来る自信があるから、是非、北支の第一線に出られるよう手続きを依頼。倉吉署ではその真剣な態度に取り敢えず県当局に上申し、出来得れば彼女等の希望に沿うよう手続きをとった。(『鳥取新報』昭和12年8月1日)。

徴兵忌避事件をみてーおわりにー

 明治政府は国民皆兵の国家形成に短期間で成功した。しかし、世界の国々には愛国心(nationalism)と郷土愛(patriotism)と区別している国もある。大河ドラマ『八重の桜』の八重の会津に対する郷土愛は、明治国家への愛国心とは対立するものであった。『八重の桜』の時代からはるか後に起こった徴兵忌避事件は、近代に作られた国家の仕組みから人々が逃れられなかったことを示している。

(注1)一般に成年に達した男子をいうが、特に明治憲法下で徴兵検査を受ける義務がある者をさす。

(田村達也)

活動日誌:平成29年6月

 

2日
鳥取県産業看護研究会(県民ふれあい会館、西村)。
5日
資料調査(~6日、国立公文書館、西村)。
6日
7日
民具(漁具)調査(湯梨浜町泊歴史民俗資料館、樫村)。
9日
民具調査(~11日 岩美町・倉吉市、木村調査委員)。
12日
資料調査(智頭町歴史資料館、八幡)。
13日
資料調査(智頭町個人宅、八幡)。
歴史資料所在状況調査(尾崎家(湯梨浜町)、岡村)。
14日
警察保健婦OG聞き取り(西村)。
民具(漁具)調査(湯梨浜町中央公民館泊分館、樫村)。
15日
資料調査(公文書館会議室、西村)。
19日
民具(漁具)調査(湯梨浜町中央公民館泊分館、樫村)。
22日
資料調査(鳥取県立博物館、岡村)。
23日
聯隊跡に関する聞き取り(兵庫県川西市、西村)。
24日
資料調査(~25日、公文書館会議室、前田)。
28日
県史ブックレット作成に関する打合せ(鳥取大学、岡村・西川)。
民具(漁具)調査(湯梨浜町中央公民館泊分館、樫村)。
  

編集後記

 今回は田村達也委員(近代部会)による徴兵忌避に関す記事です。「第130回県史だより」の喜多村理子委員(現代部会)以来、2度目の外部委員からの寄稿です。

 さて鳥取県を含む徴兵忌避の問題については、前述の喜多村委員の著書「徴兵・戦争と民衆』(吉川弘文館 1999)があります。日中全面戦争の前までムラをあげて行われていた神社での祈願や山籠りには、徴兵忌避の願いも込められていたことを、歴史民俗学的な聞き取り調査により解明してある力作です。また合わせて『新鳥取県史 資料編 近代6 軍事・兵事』もぜひご参考ください。

(樫村)

  

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