第149回県史だより

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  • 記事名:国重要文化的景観「智頭の林業景観」と智頭林業関係資料について
  • 活動日誌:平成30年8月

国重要文化的景観「智頭の林業景観」と智頭林業関係資料について

文化的景観とは

 平成30年2月13日、「智頭の林業景観」が国の重要文化的景観に選定されました。しかし文化的景観とは、まだ耳慣れない言葉かもしれません。私も具体的に説明できない程度なので文化庁のホームページの「文化的景観」のページを確認すると、以下のような文化財とあります。

地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの(文化財保護法第二条第1項第五号より)

 また同ページを見ると「文化的景観の中でも特に重要なものは、都道府県又は市町村の申出に基づき、『重要文化的景観』として選定」されることや、重要文化的景観の選定制度は、平成16年の文化財保護法の一部改正によって始まった、新しい文化財保護の手法であること、「平成30年2月13日現在、全国で61件の重要文化的景観が選定」されていることがわかります。

智頭の林業景観

 私は約11年前、鳥取県に移り住んできました。ある秋の日、智頭町を訪れて、山に囲まれている地域にもかかわらず、山に紅葉を見ることがほとんどないことに気づきました。見える範囲の山はほとんど杉を植えられた人工林であり、これほどの杉の人工林は見たことがないため大変驚いたことを思い出します。

 智頭の林業は、江戸時代に始まったと言われます。ある智頭町の林家(りんか:林業を営む1ha以上を所有する世帯)は、戦国時代に伊勢国(現在の三重県)から因幡の智頭郡に移り住み、始めはたたら製鉄を行っていましたが、江戸時代、下流に城下町がありその周辺に水害が発生したため禁止され、林業に転換したという伝承を聞いたことがあります。

 「智頭の林業景観」は、たたら製鉄も背景にして長い歴史の中で形成された「山村集落と周辺の人工林」「林業で栄えた宿場町と周辺の山林」、さらに「天然スギと広葉樹林広がる中山間地」であり、今後は重要な文化的景観として保護されていくことになります。

 ただ文化的景観は、日々の生活に根ざした身近な景観であるため、地域の人々はかえってその価値に気がつきにくいものなのかもしれません。県外出身の私は智頭町の見渡す限り杉林の景観を特別なものと感じ驚きましたが、地域の人々には日常風景でしかないのでしょう。これを機に智頭町民の方々にも智頭町の歴史文化により親しむとともに、その地域の未来をどうするか、町民レベルで議論が進むことが望まれるでしょう。

智頭林業関係資料

 「智頭の林業景観」の中に、智頭杉を使用して建てられた旧山形小学校(智頭町郷原)があります。ここには智頭林業資料展示室があります。ここには智頭町山形地区振興協議会によって智頭林業で使用されてきた新旧の道具類が集められています。
智頭林業資料展示室の写真
写真1 智頭林業資料展示室の様子(旧山形小学校内)

 鳥取県立公文書館県史編さん室では、現在、これらの資料を作業の種類を元に以下のように分類し、整理、調査をしています。

 1.地ごしらえ、2.植え付け、3.下刈り、4.枝打ち、5.除伐・間伐、6.主伐、7.集材・搬出、8.製材、9.製品その加工、10.作業全般、11.その他原材料など、12.複合経営関係、以上の12種類です。

 現在160点以上の資料を確認していますが、その中から興味深い資料を紹介します。

 まず「7.集材・運搬」に分類される「イカダヨキ(筏よき)」です。智頭町内の筏流しはおおよそ大正半ばまで行われていたと言われています(注1)。イカダヨキは木材同士をカズラ(葛)で結び筏を組む時に使用され、木材にカズラを通す穴を開けるために使用されたものです。すでに筏流しを経験、見たことがある人もなく写真などの資料もない状況において、唯一といっていい筏流しの痕跡となります。

イカダヨキの写真
写真2 イカダヨキ(旧山形小学校智頭林業資料展示室蔵)
かつて筏流しが行われた智頭町内の北股川流域の写真
写真3 かつて筏流しが行われた智頭町内の北股川流域

 また同じく「7.集材・運搬」に分類される森林鉄道の機関車とトロッコは、林業が特に活発であった頃を偲ぶものとしてシンボル的な意味合いがあるそうです。

沖ノ山森林鉄道の機関車とトロッコの写真
写真4 沖ノ山森林鉄道の機関車とトロッコ(旧山形小学校校庭)

智頭林業関係資料における「複合経営関係」という分類

 資料を作業の種類を元に分類したと述べましたが、「12.複合経営関係」という変則的な分類があることが気になった方もいると思います。これは林業経営者が林業に合わせて複合的に行っていた次のような生産活動に関する資料です。

 たとえば、育成中の杉の人工林の地面を有効利用し、薬草であるオウレンを栽培し、加工販売した道具があげられます。このオウレンに関しては、「第113回県史だより」(注2)「第116回県史だより」(注3)やその他の報告(注4)(注5)等を参考ください。

オウレンの種まきに使用するかごの写真
写真5 オウレンの種まきに使用するかご(旧山形小学校智頭林業資料展示室蔵)

 また杉の苗を植える準備作業として、雑木林を伐採し、下草を刈り、火入れをして山焼きをします。そして杉苗を植えますが、杉苗が小さい期間は、杉苗の間を畑としてダイコンやアズキを栽培したといいます。山焼きをしてその灰を肥料として作物を栽培することは焼畑です。智頭町では、焼畑をカリョウと呼び、そこで栽培したダイコンをカリョウダイコンと呼んで、智頭町板井原地区のカリョウダイコンを使ったタクアン「板井原ゴウコ」は名物になっています。林業経営そしてそのプロセスの中で、焼畑が行われており、これも林業を中心とした複合的経営の一部として包括することが可能と考えています。

おわりに

 「智頭の林業景観」は、地域の人たちの生業と生活の蓄積で形成されました。その中心たる生業である林業は複合的であり、人工林を利用して特産物であった薬草オウレン栽培や食料となる作物栽培も行われてきました。これこそ本来の「智頭の林業景観」であり、その関係資料を「智頭林業関係資料」として地域の人々自身が収集し、資料展示室を作って保存していることは、すばらしいことです。この資料がさらに充実するとともに活用され、地域の明るい未来への一助になることと、それに我々も微力ながら貢献できればと思います。


(注1)智頭町誌編さん委員会 2000『智頭町誌』下巻 534頁

(注2)樫村賢二 2015「鳥取県智頭町の薬草「黄連」関係資料調査について」『第113回県史だより』

(注3)樫村賢二 2015「因州オウレン(黄連)の採集加工用具について」『第116回県史だより』

(注4)樫村賢二 2017「鳥取県智頭町の黄連採集加工用具について(その一)」『民具マンスリー』第49巻11号 神奈川大学日本常民文化研究所

(注5)樫村賢二「鳥取県智頭町の黄連採集加工用具について(その二)」『民具マンスリー』第50巻10号 神奈川大学日本常民文化研究所

(樫村賢二)

活動日誌:平成30年8月

1日
第1回新鳥取県史編さん委員会(公文書館会議室)。
近世部会史料検討会(公文書館会議室、八幡)。
3日
県史撮影資料の公開活用にかかる説明(鳥取市個人宅、岡村)。
4日
地域歴史資料所在調査(琴浦町個人宅、岡村)。
6日
第1回現代部会資料調査(公文書館会議室、小山・石田委員・西村)。
17日
古墳測量にかかる打合せ(公文書館会議室、岡村・東方)。
18日
占領期の鳥取を学ぶ会(鳥取市歴史博物館、西村)。
20日
資料調査(~24日、東京国立博物館、高田部会長、東方)。
22日
第2回現代部会資料調査(公文書館会議室、小山・石田・佐々木・喜多村委員、館長・岡村・西村)。
24日
空襲・戦災を記録する会/米軍資料研究会(~26日、愛媛大学、西村)。
資料調査(湯梨浜町中央公民館泊分館、北栄町中央公民館、樫村)。
27日
資料調査(鳥取県立博物館、東方)。
30日
資料借用(米子市埋蔵文化財センター、東方)。
  

編集後記

 少しずつ朝晩が冷え込むようになってきました。この時期になると今年度刊行の書籍の編集作業が本格化し、県史編さん室が追い込まれるような雰囲気になり緊張感が少しずつ高まります。

 さて今回は、今年度末に刊行予定の『新鳥取県史 民俗2 民具編』にも掲載される智頭林業関係資料の紹介です。智頭林業資料展示室は2017年に開設され、重要資料と判断して調査に着手しようと思ったのですが、2018年になって林業が専門分野の調査委員とともに調査を開始してようやく刊行に間に合った状況です。短期間に調査が実施できたのは山形地区振興協議会や智頭町教育委員会の御協力があったからこそと存じます。この場にてお礼申し上げます。

(樫村)