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いつの世も神頼み?

 近年、夏の猛暑や局地的なゲリラ豪雨、冬の豪雪などがニュースになることが多いように感じられます。こうした現象は経済活動や農林水産業に影響を及ぼし、私たちの日々の暮らしにも支障が生じることさえあります。

 しかし、人間の力で自然現象を変えることはできません。日本に本格的な稲作技術が伝わり、各地に普及していった弥生時代は、現代よりも自然との関わり合いが密接であったと思われます。弥生時代に生きた人たちは、どのように自然現象と向き合い、どう行動すべきだと考えていたのでしょうか。

 弥生時代の遺跡から出土するもののなかに、祭祀(さいし)遺物と呼ばれるものがあります。具体的な使い道がわからないものもありますが、こうしたものから推定されるのは、弥生時代の人たちは、一年を通じた生活の中で、つねに神に祈り、神に感謝していたのではないかということです。日々の食料を例にあげれば、豊作や豊漁を祈り、収穫に感謝し、またよき年が来るように祈ったことでしょう。

 このような神との対話は、司祭者と考えられる特定の人物によって行われていたようです。そして彼らが神のお告げを聞くために使った道具が卜骨(ぼっこつ)と呼ばれるものです。卜骨はシカやイノシシの肩胛骨(けんこうこつ)を使い、焼けた棒のようなものを押し当て、そのひび割れ方などで占うものです。

青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡(鳥取市青谷町)からは240点もの卜骨が出土しており、その数は国内では群を抜いて多いものです。

 卜骨で何を占ったか、具体的なことは分かりません。しかし手がかりはあります。古代中国では亀の甲羅を使った亀卜(きぼく)が行われており、日本の弥生時代にあたる時代に司馬遷(しばせん)という人物が書いた『史記』(しき)という書物には、古代中国で行われた占いの内容が具体的に書かれています。いくつか挙げてみますと、「牛馬がうまく売買できるか」、「盗賊が襲ってくるかどうか」、「今の官職についているのがいいか悪いか」、「人への頼み事がうまくいくかどうか」、「雨が降るか降らないか」など、さまざまなことに及んでいます。

 中国側から見た弥生時代の終わり頃の日本の様子を記した『魏志倭人伝』(ぎしわじんでん)には、「何か行おうとするときなどには、骨を焼いて占う」と記されていますので、古代中国と同じようにあらゆる場合において、神の意向を聞いて判断したのでしょう。

 しかし占いを行う司祭者が「こういう結果が出てほしいな」という気持ちを持つことはなかったのでしょうか。神の意向は絶対ですから、逆らうことはできません。私が幼い頃、遠足の前日に「明日天気になあれ」と履いている靴を放り上げ、晴れの結果が出るまで繰り返したように、「もう一回やり直しね」ということは許されなかったでしょう。

 弥生時代の卜骨を詳しく調べると、最初は肩胛骨をそのまま使っていますが、そのうち突起部分を削り取り、さらには肩胛骨全体を削って薄い板のようにしています。薄くした方がひび割れやすく効率的だったのでしょうが、はたしてそれだけが目的だったのでしょうか。あらかじめその結果が出るように、その方向にひび割れるように、卜骨を改良したと考えるのは不謹慎でしょうか。

 いつの世も神頼み、といいつつも、人の希望や願望はどうしてもつきまとうものだと思いますが…。

青谷上寺地遺跡の卜骨の写真
青谷上寺地遺跡の卜骨(出典『鳥取県・青谷上寺地遺跡』財団法人鳥取県教育文化財団)

(参考文献)

野口貞男/訳『中国古典文学大系 史記(下)』(平凡社、1971年)

石原道博編訳『魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝』(岩波書店、1951年)

(湯村 功)

最近の活動から:新鳥取県史巡回講座を開催

 2011(平成23)年5月14日(土)に、新鳥取県史巡回講座『古代因幡の豪族と采女(うねめ)』(因幡万葉歴史館共催)を国府町中央公民館で開催、56名にご参加いただきました。

巡回講座会場の様子の写真
巡回講座会場の様子
解説する石田敏紀氏の写真
解説する石田敏紀氏

 講座では、鳥取県史ブックレット第8巻『古代因幡の豪族と采女』執筆者である石田敏紀氏(鳥取県立博物館主幹学芸員)が同書の内容について解説、その後、活発な質疑応答が行われました。

最近の活動から2:湯梨浜町宇野地区公民館にて資料調査を実施

 2011(平成23)年4月28日(木)、5月25日(水)に湯梨浜町宇野地区公民館にて近代部会と現代部会が合同で資料調査を実施しました。

資料撮影の様子の写真
資料撮影の様子

 湯梨浜町宇野地区公民館には、戸籍、土地関係の簿冊を中心に、明治から戦後にかけての旧宇野村の役場文書が数多く所蔵されています。近代部会・現代部会は、その文書群の全体像を把握するために、簿冊に整理番号を付けながら、簿冊の表題を撮影し、今回の調査で、総数が517点であることが判明しました。

 今後は、各簿冊の内容撮影を行っていく予定です。

資料整理の様子の写真
資料整理の様子

活動日誌:2011(平成23)年4月

2日
県史編さん協力員(古文書解読)東部地区月例会(県立博物館、坂本)。
3日
県史編さん協力員(古文書解読)中・西部地区月例会(倉吉市・米子市、坂本)。
9日
出前講座(名古屋市女性会館、坂本)。
20日
古墳測量協議(倉吉市教育委員会、湯村)。
21日
古墳測量協議(湯梨浜町教育委員会、湯村)。
22日
民俗調査(鳥取市賀露町、樫村)。
25日
中世史料調査(~27日、東京大史料編纂所・前田育徳会尊経閣文庫・徳川林政史研究所・慶應大学三田メディアセンター、岡村)。
27日
遺物資料返却(県立博物館、湯村)。
28日
資料調査(湯梨浜町宇野地区公民館、清水・大川・足田)。

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編集後記

 今回の記事は、弥生時代、神に祈り、感謝してきたことを示す祭祀遺物の一つ、卜骨についてです。私は特に信心深いほうではありませんが、苦しいときにはやはり神仏に願を立てたくなります。写真にある卜骨一つ一つにどのような願いが込められたのか、好奇心が沸いてきます。

(樫村)

  

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