古代山陰道発掘成果調査

令和3年度第1回因幡国古代山陰道発掘調査委員会を開催しました。

 令和3年6月8日(火)に、第1回因幡国古代山陰道発掘調査委員会を開催しました。当初は4月下旬に開催予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて延期し、今回は県外の委員の先生方だけではなく、県内の関係者を含めてリモートで開催しました。
 委員会では、まず、昨年度の追加調査成果について報告しました。養郷狐谷遺跡では、丘陵の鞍部を埋め立てて道路を敷設する新たな道路工法が確認されたこと、養郷宮之脇遺跡では頑丈なつづら折りの道路を築くために道路盛土にさまざまな工夫が施されていることを確認したことなどを報告しました。
 続いて、今年度の調査計画について説明、報告しました。今年度は養郷狐谷遺跡のほか、青谷上寺地遺跡で見つかった道路遺構の延長線上にあたる青谷西側丘陵でも尾根上で大規模な切通しを確認していることから、新たに発掘調査を実施することなどを説明しました。また、4~5月に行った鳥取市気高町から鹿野町にかけて実施した現地踏査では、推定ルート上で切通しなどの道路痕跡を確認し、気多郡内の古代山陰道は行く手を遮る丘陵をものともせず、直線的なルートをとる可能性が高まってきたことを報告しました。
 委員の先生方からは、「養郷狐谷遺跡の鞍部を埋め立てた道路盛土は土嚢(どのう)を使っている可能性もあるのではないか。今年度の調査で盛土構造をしっかり解明してほしい」、「青谷についてはほぼ路線が確定しつつあるが、踏査により気多郡内のさらに広範囲におけるルートも推定できるようになった」、「山間部の調査は他には例のない重要な成果であり、古代道路研究に新たな視点を提示している。古代道路研究だけではなく、古代道路の保護という観点でも他地域に与える影響は大きく、引き続き県と市が協力して調査研究を継続してほしい」などの評価や助言をいただきました。
いただいた意見をもとに、今年度の発掘調査は7月から開始する予定です。発掘調査情報は随時お伝えしていきますので、お楽しみにお待ちください。

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委員会の様子


第2回因幡国古代山陰道発掘調査委員会を開催しました!

 9月12日(土)に、Web会議で第2回因幡国古代山陰道発掘調査委員会を開催しました。

 今回の委員会の主なテーマは、今年度の発掘調査成果に対する評価でした。今年度の調査地は「養郷狐谷遺跡」と「養郷宮之脇遺跡」ですが、新型コロナウイルス感染症感染拡大防止のため、委員の皆さんに現地で検討していただけていないことから、図面と写真に加え、それぞれについて動画を撮影して御覧いただきました。

 現地を実際に見ていない中で判断が難しい部分もありましたが、つづら折りの道路痕跡がある養郷宮之脇遺跡については、「(古代山陰道が見つかった)青谷横木遺跡からつながる古代道路跡であり、古代山陰道として考えていいのではないか」という評価をいただきました。また、オブザーバーとして御参加いただいた文化庁の調査官から、「青谷地域では、青谷上寺地遺跡・青谷横木遺跡など、平野部分の調査が充実している。今回のような丘陵部の調査事例は全国的にも無く、こうした情報を加えると今後の古代道路研究につながる。粘り強く調査を進めてほしい」という御助言もいただきました。

 今後、新型コロナウイルス感染症の状況を見ながら、委員の皆様等に現地を確認いただく予定です。なお、9月27日に県内在住者向けの現地説明会を予定しており、県外の方向けのものについても検討する予定です。今後の埋蔵文化財センターの情報に御注目ください。

養郷狐谷遺跡の古代道路跡と道路側溝

養郷宮之脇遺跡のコーナー部分の道路側溝


「注目の第2回因幡国古代山陰道発掘調査委員会を開催」

 9月12日(土)に第2回因幡国古代山陰道発掘調査委員会を開催します。今回の委員会では今年度の発掘調査成果の検討が主な議題となります。今回議論となりそうなのが、青谷東側丘陵と青谷平野を結ぶ、「養郷坂」と呼ばれる急斜面部分です。古代官道は、都と地方を最短距離でいち早く結ぶために、直線的につくられたとされてきました。今回のような急傾斜部分におけるルートや構造は今まであまりよく分かっていません。当時の乗り物である馬は、25度前後の斜度であればまっすぐ登ることができたというという説もありますが、今回の調査地の斜度は30度を超えており、どのように古代官道がつくられたか大変興味深いところです。今回は、研究者等の間から解明を求める声もありました。

 今回の当センターの調査では、以前にご紹介したようにつづら折れの古道跡に沿って大規模な道路遺構を確認しており、これが委員の方々からどのような評価がされるのか注目されるところです。

 委員会は、新型コロナウイルス感染拡大防止のためWeb会議での開催します。つづら折りの道路遺構を動画等でご覧いただきますが、現地で体感できなくとも実感できると信じて委員会に臨みます。

 注目の結果は、週明けにお知らせします。


古代山陰道の発掘調査情報(2)

 古代山陰道の発掘調査は、当初予定していた養郷狐谷(ようごうきつねだに)遺跡の調査を終え、青谷平野へと下る養郷坂(ようごうざか)部分(養郷宮之脇(みやのわき)遺跡)の調査に移行しています。この部分は、昨年度調査した養郷新林遺跡の西側にあたる急峻な斜面地で、古代山陰道高低差150mもある地形をどのように通過していたのかを明らかにすることを目的としており、研究者からも注目されているエリアです。

 調査前の現地踏査では、近世の絵図などに描かれていないつづら折りの古道が確認されています。調査地に繁茂した草木を伐採すると、古道がかなり幅広い規模を持つことがはっきりと見えます(写真上)。発掘調査はこのつづら折りの古道に沿って残る痕跡部分に調査区を設定し、古代に遡る道路側溝の有無などを確認しているところです(写真下)。

 現在、成果を取りまとめ中ですので調査成果について今しばらくお待ちください。

現在調査中の養郷宮之脇遺跡の位置図

伐木後の古道

発掘作業の様子


古代山陰道発掘調査情報

 6月中旬からはじめた青谷東側丘陵では、第一期として養郷狐谷遺跡の発掘調査を行いました。発掘箇所は3カ所で、会下坂に向かう標高160mの丘陵頂部、その山頂部から谷へと下る直前の丘陵端部、谷へと下って会下坂に向かう丘陵裾部分です。調査ではいずれの箇所も側溝や硬化面など道路跡と考えられる遺構を確認することができました。また、調査箇所以外の部分でも航空レーザー地形測量や現地踏査によって道路痕跡を確認することができました。
現在、先線の調査と並行して調査結果のまとめを行っています。

位置図

 発掘調査位置図

発掘調査の様子

確認された道路跡の様子

 


古代山陰道の令和2年度発掘調査を開始しました!

 6月15日(月)から古代山陰道の令和2年度発掘調査を開始しました。今年度の調査地は昨年度行った青谷東側丘陵のさらに東側の丘陵上で、現地踏査で道路痕跡とみられる切り通しを確認している部分です。調査前は季節柄、草木の繁茂が著しく、地表面があまり見えないほど鬱蒼とした状態でしたが(写真1)、下草刈や伐木を行うときれいに切通しが姿を現しました(写真2)。この部分では丘陵の尾根を切り崩してつくられた、幅広い道路遺構が見つかることが期待されます。
 発掘調査情報は随時ホームページ等でお知らせしますので、ご期待ください。

【遺跡名】  養郷狐谷(ようごうきつねだに)遺跡
【所在地】  鳥取市青谷町養郷地内
【調査期間】 令和2年6月15日(月)~8月上旬(予定)

古代山陰道ルート

下草刈前

写真1 下草刈・伐木前

下草刈後

写真2 下草刈・伐木後


古代山陰道の第9回踏査を行いました。

 来年度に予定している西側丘陵の発掘調査の場所を選定するため、西側丘陵の現地踏査に着手しました。昨年までの踏査では、西エリアAにおいて丘陵尾根筋に沿って延びる道路痕跡とみられる切通しや平坦面が続くことを確認していましたが、地点アより西側の西エリアBでは明確な道路痕跡を確認できていませんでした(下図)。今回は、微地形が良く分かる航空レーザーによる地形測量図を参考しながら、道路痕跡と思しき部分について現地を確認しました。

 まず、地点イに丘陵頂部を切り崩した切通しが残ることから、地点イから屈折して尾根筋を西に向かうルート(2)の可能性が出てきました。明確な道路痕跡は確認できませんでしたが、丘陵尾根筋に幅広い平坦面が続いていることが分りました。以前の踏査で確認したルート(1)と最終的には同じ谷底に出ますが、ルート(2)の方が傾斜も緩く、かなり登り下りしやすいルートであると感じました。

 一方で、地点イの切通しは、近世の里道も重なっていることもあり、さらに南側へも延びているように見えることから、ルート(3)についても可能性を検討しました。結果としては、地点ウ付近で丘陵から谷へと下る道を確認できましたが、古代道路といえるような明確な痕跡を捉えることはできませんでした。

 今後もさらに現地踏査を進め、来年度の発掘調査地を絞っていきたいと思います。

地点イで確認された切通しのようす

ルート(2)丘陵頂部に続く平坦面


古代山陰道発掘調査委員会をweb会議で開催しました!

 古代山陰道(青谷地域)の調査研究事業について、遺構の学術的な価値付けや発掘調査計画や方針などを有識者の意見を伺う第1回発掘調査委員会を開催しました。

日 時 令和2年5月15日(金)午後1時30分から午後2時40分まで
出席者 発掘調査委員 

    委員長 久保穰二朗(元鳥取県埋蔵文化財センター所長)
        市大樹(大阪大学大学院教授)
        大橋泰夫(島根大学法文学部教授)
        神野恵(奈良文化財研究所都城発掘調査部考古第2研究室長)
  関係機関 文化庁・鳥取市教育委員会・鳥取市青谷町総合支所・

       とっとり弥生の王国推進課
議 題
 (1)古代山陰道(青谷地域)の調査研究事業とその経緯について 
 (2)令和元年度の発掘調査成果について
 (3)全体計画と今後の方針について
 (4)令和2年度の調査計画について

概 要
○国史跡指定に向けて、令和2年度までの第1期として、青谷上寺地遺跡と青谷横木遺跡に養郷新林遺跡など東側丘陵を加えた部分を先行させ、第2期として西側丘陵等を順次、追加指定していく計画について了承を得た。
○昨年度に道路遺構が発見された養郷新林遺跡の東側延長部分にあたる養郷狐谷遺跡の発掘調査、西側丘陵における現地踏査の実施とそれに基づく来年度の発掘調査地の選定、という今年度の調査計画について了承を得た。

主な意見
○青谷平野東側の青谷横木遺跡と東側丘陵の養郷新林遺跡とを結ぶルートを明らかにしてほしいので、できれば将来的に、養郷坂部分の発掘調査を検討してほしい。
○令和4年度までの調査計画となっているが、それ以降も調査を継続してほしい。

     委員会風景


パンフレット『因幡の古代山陰道』を刊行しました!

 古代山陰道については、平成23・24年度の青谷上寺地遺跡や、平成25~27年度の青谷横木遺跡の発掘調査で発見し、平成30年度からは古代山陰道の調査研究事業として調査を進めてきました。

その成果は発掘調査報告書のほか、一般向けの現地説明会や講演会を通してテーマ毎に説明してきましたが、まとめた資料はありませんでした。
 今回、平野部の青谷上寺地遺跡や青谷横木遺跡から東側丘陵までを第1期の成果として総括するにあたり、地元の皆様にその価値を分かりやすくお伝えしたいとの思いで、パンフレット『鳥取県遺跡シリーズ2 因幡の古代山陰道』を作成しました。
 とくに、標高150mの険しい丘陵尾根につくられた道路跡が見つかった養郷新林遺跡や青谷上寺地遺跡と青谷横木遺跡を結ぶ道路跡が見つかった善田傍示ヶ崎遺跡は、最新の調査成果として注目されます。
 このパンフレットを多くの皆様にご覧いただき、鳥取の古代を感じていただきたいと思います。なお、パンフレットは5月7日から再開館した当センター等で配架しています。

    パンフレットいなばのこだいさんいんどう

ダウンロードはこちら⇒パンフレット『鳥取県の遺跡シリーズ2 因幡の古代山陰道』(3.52MB)


平野部でも古代山陰道の発掘成果が出ました!

 古代山陰道の発掘調査は東側丘陵を終え、その後、平野部でも1カ所追加調査を行いました。平野部の調査地は、青谷上寺地遺跡と青谷横木遺跡の古代山陰道を結んだちょうど中間地点にあたり、山裾の畑や田んぼに道路痕跡とみられる斜めの地割が残っている地点です(下図)。
 調査の結果、ここでも道路跡と考えられる遺構を確認することができました。調査範囲が限られていることから道幅などは明らかにできていませんが、盛土で築かれ道路遺構は、路肩や法面に補強するための石が貼り付けられ、平野側には側溝が掘られるなど、青谷横木遺跡とよく似た構造と考えられます(写真下)。
 発掘調査は終了していますが、確認された道路遺構について今後さらに詳細な検討を進め、現地説明会などで皆様に詳しくお知らせしていく予定にしています。

こだいさんいんどうよしだちくのいちず

鳥取市青谷町善田の発掘調査地点

はっけんされたどうろあと

確認された道路跡とみられる遺構


  

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センター紹介

 久松山地域は戦国時代以降鳥取城が築かれ、鳥取藩32万石の中心地でした。現在でもこの地域は県庁があり、行政の中心地となっています。

 しかし、戦国時代から遡ること約800年前の奈良時代、県庁から4キロほど離れたこの国府町に国史跡因幡国庁(現在の県庁にあたるもの)がありました。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、当時の面影を残す万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里となっています。
 この歴史豊かな万葉の里の一角に埋蔵文化財センターはあります。


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