古代山陰道の調査研究に関する第6回踏査を行いました!

古代山陰道の調査研究に関する第6回踏査を行いました!

  5月12日(日)に鳥取西道路が全線開通となりました。青谷では西道路の建設ルートで古代山陰道が発見され、開通により古代と現代がつながったようで、とても感慨深く感じます。
 その青谷周辺で、先日、古代山陰道の調査研究に関する第6回踏査を行いました。今回踏査したのは、第5回踏査において青谷東側丘陵で発見された切通し(道跡の推定地)の延長線のルートです。
 前回発見された切通しは長さ40mほどしか続きませんでしたが、その後も尾根上に人工的な平坦面が続き、さらにその先で、江戸時代以降に造られた里道に重なる大規模な切通しへとつながっていることが確認できました。切通しの幅は8~9mと広く、前回の切通しを含めると、長さは約400mに及び、北西から南東方向にほぼ真っすぐに延びていることになります。
 この切通しは、最終的に里道や現在の道路によって消滅してしまっているようですが、次回以降の踏査でもこの延長部分を追いかけて、古代道路の痕跡を探していきます。

 なお、さらに東側の気高町会下辺りも今回踏査しましたので、続報します。

         青谷平野

                現在踏査中のエリア

        東側の切通し

第5回の踏査において青谷東側丘陵で発見された大規模な切通し。幅は7.8m前後と広い。

       里道と切通し

今回(第6回)の踏査で発見された切通し。里道と重なり、里道よりも一段高い部分に幅広い平坦面が残る。

 

  

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 久松山地域は戦国時代以降鳥取城が築かれ、鳥取藩32万石の中心地でした。現在でもこの地域は県庁があり、行政の中心地となっています。

 しかし、戦国時代から遡ること約800年前の奈良時代、県庁から4キロほど離れたこの国府町に国史跡因幡国庁(現在の県庁にあたるもの)がありました。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、当時の面影を残す万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里となっています。
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