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埋蔵文化財センターロビー展示の紹介3

 1階ロビー展示の紹介、第3回です。

 鳥取西道路の建設に伴う発掘調査では、これまであまり明らかになっていなかった古代(飛鳥時代~平安時代)の遺構・遺物が多量に確認されました。

 この中には、当時の役所(官衙)に関連すると思われるものも多く、文書事務に関わる硯や墨書土器、役人が身につけた帯金具や銭貨などが見つかっています。低湿地の遺跡が多かったこともあり、文字を書いた「木簡」が多く見つかったのは特筆されます。

 また、人や馬、刀などをかたどった「形代」や先を尖らした「斎串」などの「木製祭祀具」も多量に見つかりました。これらの木製祭祀具は、公的な施設周辺で執り行われた儀礼で使われたもので、いくつかの遺跡ではまとまって大量に出土しており、周辺にはそうした施設が存在したと考えられます。

 展示室入り口横の展示ケースでは、こうした古代の出土品を紹介しています。



埋蔵文化財センターロビー展示の紹介2

1階ロビー展示の紹介、第2回です。

 先日紹介した、『鳥取西道路の「名品」』の向かいには、鳥取西道路の発掘調査で見つかった大量の土器から、器の移り変わりを展示しています。

 遺跡から必ずと言っていいほど出土する土器。粘土をこねて形作り焼いた土器は、液体を容れることができ、それを火にかけて煮炊きすることもできます。土器の発明は私たちの祖先の生活を大きく変えたと考えられます。

 当初は主に煮炊きに使われたことが、土器内外面に残る痕跡から分かりますが、弥生時代以降、こうした痕跡が見られない小型の土器が増加します。この展示では、こうした個人用とも考えられる器を、時代ごとに紹介しています。

 ちなみに、写真右下は移動式かまどですが、本体斜め後ろに穴を開けて付属部を付け、土器を載せる掛口を二つにした変わったかまどです。今のところ湖山池南岸地域に分布が限られるため、「湖山池南岸型移動式かまど」と呼んでいるのですが、なぜかこの地域以外には存在せず、二口の使い方もよくわからない、これもまた「名(迷?)品」です。



○埋蔵文化財センターロビー展示の紹介1

 埋蔵文化財センターは、展示室のほかに入口を入ってすぐの1階ロビーにも展示ケースを置いて資料を展示しています。

 先日、御紹介した発掘調査速報展示の隣のケースには、鳥取西道路の建設に伴う発掘調査で出土した数々の出土品から、重要な資料をよりすぐって展示しています。

 例えば・・・

・青谷横木遺跡の漆塗弓(縄文時代):樹皮を巻いて漆を塗った飾り弓

・乙亥正屋敷廻遺跡の八禽鏡(弥生時代):意図的に割ってさらに小孔を穿った中国鏡

・松原田中遺跡の木製匙(古墳時代):木を精巧に削り出した匙

・高住牛輪谷遺跡の銅鈴(古墳時代):当時の姿をよく残す八角形の鈴

・下坂本清合遺跡の埋蔵銭(室町時代):備前焼の壺に納められた銭15,524枚

 (※壺に入った状況はレプリカ) などなど

 いずれも、県内でも類例の少ない、「名品」です。是非、御覧ください。

  

 ○展示室

主な展示資料をご紹介します

縄文土器
 土器の発明により煮炊きすることが可能となり、利用できる食料の種類が増えたと考えられています。縄文土器はおよそ12,000年前からあり、現在、世界で最古の土器といわれています。
 展示してある縄文土器は、鳥取市の桂見(かつらみ)遺跡で出土した縄文時代後・晩期(今から約4,000~2,300年前)のものです。
 

弥生土器
 
今から約2,300年前に、大陸や朝鮮半島から伝わった水稲稲作が日本列島で本格的にはじまりました。土器も新しい形のものができ、特に貯蔵に用いる壺が多用されるようになりました。
 そのほかにも高坏(たかつき)や器台(きだい)といった形の土器も出てきます。

前期の土器
 鳥取市の桂見遺跡で出土した土器を展示しています。土器はいずれも大型の壺と甕です。甕は煮炊き用の土器で、今の鍋にあたるものです。これらの土器は、今から約2,300年前のものです。 (写真左)

 
中期の土器
  琴浦町の南原千軒遺跡の穴の中からまとまって出土した中期の初め頃(約2,200年前)の土器です。(写真右)
弥生土器の写真01 弥生土器の写真02
 その他の県内各地の中期の土器(今から約2,100~2,000年前)を展示しています。いろいろな形の土器があることが分かると思います。

後期の土器
  約1,800年前の土器で、甕と器台を展示しています。
弥生時代の各時期の甕の口部分を見比べてみると、その形が変化していることが分かります。
特にこの弥生時代の終わり頃の甕の口の形は山陰地方特有のものです。

 
 
古墳時代の土器
土師器(はじき)
 湯梨浜町の長瀬高浜(ながせたかはま)遺跡から出土した土師器を展示しています。長瀬高浜遺跡は、古墳時代前期(約1,700年前)の大集落跡で、中部地域の拠点であったと考えられる遺跡です。特に目立つのは大型の土器である甑形土器(こしきがたどき)です。米を蒸す道具である甑に形が似ているため、そのように呼ばれますが、実際に何に使用したものかは分かっていません。
  

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センター紹介

県の中心部は、室町時代の後期は湖山池ほとりの天神山に守護所が置かれ、江戸時代の前からは久松山(麓)に城が置かれるようになり、明治時代から現在まで県庁が置かれています。県庁から4キロほど離れた国府町に奈良時代の国史跡の因幡国庁跡があります。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里に埋蔵文化財センターはあります。

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