調査・研究(東伯耆の中世城館)

とっとり考古学フォーラム2023「東伯耆の中世を探る-遺跡からみた小鴨氏-」を開催しました。 New!

 令和6年3月2日(土)午後1時から午後4時まで、倉吉未来中心セミナールーム3を会場に、とっとり考古学フォーラム2023「東伯耆の中世を探る-遺跡からみた小鴨氏-」を開催しました。

 当日の天候は、景色が見えなくなるほどの吹雪でしたが、会場には100名を越える皆様がお出でになり、講演やトークセッションを熱心にお聞きになっていらっしゃいました。

 聴講された方からは、知らないことがたくさんあり多くのことが学べたなど、多くの御感想や御意見をいただきました。いただいた御感想・御意見は今後の調査研究や活用事業に活かしていきたいと思います。

 

開会前

開会前に会場がほぼ満席となりました。

オンライン配信チーム

オンライン配信チームもスタンバイできました。

開会時

開会です。 

所長挨拶

埋蔵文化財センター所長挨拶

眞田氏基調講演

眞田廣幸氏による基調講演「東伯耆の中世 小鴨郷を中心に」

大川氏報告

大川泰広氏による事例報告「市場城跡の発掘調査成果」

山上氏特別講演

山上雅弘氏による特別講演「掘立柱建物から中世を探る」

トークセッションの様子

トークセッションが始まりました。

トークセッション3

トークセッションは、山本隆一朗氏による報告

「文献史料からみた小鴨氏」から始まりました。

トークセッションの様子2

眞田廣幸氏の説明による航空写真で分かる城館の堀のようす


市場城跡の現地説明会を開催しました

 令和5年10月28日(土)に倉𠮷市小鴨にある市場城跡の現地説明会を開催しました。小雨が降る天候ではありましたが、25名の方にご参加いただきました。

 城の西側の土塁に隣接して備えられた堀の今年度の発掘調査成果や、令和3・4年度に行った曲輪(くるわ)の発掘調査成果、航空レーザ測量によって得られた知見、出土品の解説を聞いていただきました。

 堀の幅は約15メートル、深さは土塁の頂部から約8メートルあり、参加された皆さんは、その規模の大きさを実感していらっしゃいました。

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堀をのぞき込む参加者の皆さん

令和3・4年度調査成果

令和3・4年度の調査成果の解説を聞く参加者の皆さん

出土品1

出土品の解説を聞く参加者の皆さん


打吹城ウォークを開催しました!

 令和5年520日(土)に鳥取県倉吉市の打吹山(うつぶきやま)で、県立むきばんだ史跡公園の大川泰広文化財主事を講師に迎え、「打吹城ウォーク」を開催しました(倉吉博物館共催)。コースは、打吹山東側から頂上の本丸(主郭)を目指して登り、打吹山西側へと下山する約3kmの道のりです。当日は薄曇りで出発前は少し肌寒く感じましたが、登山をするにはちょうど良い気温で、気持ち良くウォーキングができました。

 講師の解説を聞きながら、石垣など城の痕跡を確認しつつ頂上を目指して進みました。頂上では「天守台(てんしゅだい)」(A)「虎口(こぐち)」(B)など本丸の構造のほか、実際に出土した丸瓦の特徴についての解説を聞きました。

 参加者の皆さんは大変興味深く、熱心に解説を聞いておられ、打吹山に馴染みが深い鳥取県中部から御参加いただいた方からは「個人で登ったときにはわからなかったことをたくさん知ることができてうれしかった。」と感想をいただくなど、地域の歴史を知っていただく良い機会となったようです。

(A)天守台:周囲より高い天守を築くための土台

(B)虎口:城の出入口

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天守台の解説風景

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出土した丸瓦の解説風景

倉吉博物館ホームページについてはこちらをクリックしてください。


因伯山城写真コンクール入賞作品展

 令和4年度に実施した「因伯山城写真コンクール」で入賞された作品を紹介します。

 山城の魅力いっぱいの写真をぜひご覧ください。

 なお、令和5年度には、鳥取県の東部、中部、西部の各所で展示を行う予定です。(現在、日程と場所を調整中)

※掲載画像の利用はしないでください。

最優秀賞

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〇 最優秀賞 〇

題名:冠雪した米子城の朝(米子城跡)

・撮影者: kuro さん

・撮影者のコメント:雪雲から一瞬陽光が差し込んで、雪化粧の石垣が色づきました。美しい冬の米子城の朝でした。

 

優秀賞 2点

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〇 優秀賞 〇

・題名:幻の城(狗尸那城跡)

・撮影者: 齋尾 江利奈 さん

・撮影者のコメント:謎の多い狗尸那城跡。堀切や土塁がしっかりと残っていました。

 

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〇 優秀賞 〇

・題名:逆さ桜(鹿野城跡)

・撮影者: どりーむ さん

・撮影者のコメント:水面に映ったライトアップが幻想的です。

 

審査員特別賞 3点

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〇 審査員特別賞 〇

・題名:江美城の桜坂(江美城跡)

・撮影者: 村川 節秀 さん

・撮影者のコメント:タイミング良く桜吹雪になっていて幻想的でした。

 

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〇 審査員特別賞 〇

・題名:噂のダイヤモンド(米子城跡)

・撮影者: 岡 雄一 さん

・撮影者のコメント:キタ――(∀)――!!ダイヤモンド大山だけが米子城ではないが、ダイヤモンド大山も米子城で!

 

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〇 審査員特別賞 〇

・題名:美しき六角石垣(若桜鬼ヶ城跡)

・撮影者: 岡田 和大 さん

・撮影者のコメント:若桜鬼ヶ城の本丸部分から山を下り、撮影することができた六角石垣。とても美しくて感動しました。

 

佳作 5点

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〇 佳作 〇

・題名:天守を臨む紅葉(若桜鬼ヶ城跡)

・撮影者: 西山 敏夫 さん

・撮影者のコメント:紅葉、真っ盛りでした。最高のロケーションですね。ほぼ頂上まで車で行けます。きれいに舗装されてます。

 

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〇 佳作 〇

・題名:貴重です(鹿野城跡)

・撮影者:しか乃ゆめ さん

・撮影者のコメント:珍しい二重の鬼門除けが素晴らしい。

 

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〇 佳作 〇

・題名:兵(つわもの)たちの夢の跡(鳥取城跡附太閤ヶ平)

・撮影者: 福田 孝二 さん

・撮影者のコメント:今は木々に覆われているが、秀吉が本陣を置いたこのあたりには、諸将が群雄割拠していたことだろう。

 

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〇 佳作 〇

・題名:はるか遠く(米子城跡)

・撮影者: 岸本 修 さん

・眺撮影者のコメント:眺望のよい天守台から眼下の街並みを望んでいる二人連れです。二人の未来を見つめているように寄り添う姿が印象的でした。

 

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〇 佳作 〇

・題名:孤高の米子城(米子城跡)

・撮影者: 生田 展久 さん

・撮影者のコメント:夜明けの景色を撮りに米子城跡を登っていると、もうすでに孤高のカメラマンが朝日を狙っていた。

[令和5年3月16日掲載]


因伯山城写真コンクール 表彰式を開催しました。

 令和5年2月25日(土)午後1時30分から、令和4年度の「因伯山城写真コンクール」表彰式を開催しました。

 今回のコンクールは国、県、市町村指定の山城を中心とする12箇所を対象に1月18日まで作品を募集し、1月26日に受賞作品を選考し、この日の表彰式という運びとなりました。

 表彰式は第4回鳥取県埋蔵文化財センター調査研究成果発表会の前に開催しました。表彰式に際して、杉本審査員(二科会写真部会員)から今回のコンクールについて「入賞作品以外にも写真として素晴らしい作品が集まった」ことなど講評をいただき、受賞者を含め会場に参加された方も熱心に聞いておられました。

 最優秀賞(1名)、優秀賞(2名)、審査員特別賞(3名)への賞状、副賞の授与を行う予定でしたが、欠席された方がいらっしゃり、入賞された3名の方に賞状と副賞を受け取っていただきました。

 また、入賞作品は佳作受賞作5点と併せて、発表会場内に展示しました。

 受賞された方から、「ますます山城歩きが楽しいものになりそう」と感想をいただき、この写真コンクールが鳥取の城跡を訪問する方の動機づけになればいいなと、担当者として思っています。

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  所長あいさつ

杉本審査員による作品の講評

  杉本審査員(二科会写真部会員)による作品の講評

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  優秀賞 齋尾江利奈さん

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  審査員特別賞 村川節秀さん

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審査員特別賞 岡田和大さん

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  会場展示の様子(1)

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会場展示の様子(2)


市場城跡について所内で調査成果の検討会を行いました

 令和5年11月4日(金)に、昨年度から実施している市場城跡(いちばじょうあと:倉吉市)の発掘調査成果について、当センター職員による検討会を行いました。
 これまでの調査により、曲輪内で2棟の掘立柱建物跡や、溝状遺構、曲輪(くるわ:兵士たちが駐屯した平坦地)の造成工事に伴う盛土を確認しています。掘立柱建物跡のうち1棟(掘立柱建物跡1)は直径約50cmの円形の柱穴が並び、南北12m以上、東西6mの大型のものです。
 もう一つの掘立柱建物跡2は南北約7m、東西2.4mで、一辺約60cmの方形の柱穴が並びます。建物は13世紀以降に設けられたと考えています。
 遺構の所見や評価について、参加者から
 「柱穴が方形となる掘立柱建物跡2は、古い様相が残っているのではないか」
 「溝状遺構は道の痕跡でよいのではないか」
 「曲輪東側の出入り口が造成によって埋められた可能性があるのではないか」
など、調査に対する意見やアドバイスがありました。
 今後の調査やまとめに活かしたいと思います。

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掘立柱建物跡2に関する検討の様子

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曲輪東端の造成土についての意見交換中


市場城跡現地説明会を開催しました!

 晴れやかな秋空の下、令和4年10月15日(土)に市場城跡(いちばじょうあと:倉吉市)の現地説明会を開催しました。
 駐車場のスーペースが少ないため、事前に参加者を募集しての開催となり、28名の方にご参加いただきました。
 市場城跡は、江戸時代の地誌により、岩倉城(いわくらじょう:倉吉市)を拠点とした小鴨(おがも)氏の家臣岡田某の城と伝えられる城跡です。曲輪(くるわ:兵たちが駐屯した平坦面)は長さ150m以上、幅100m以上の規模を有し、「コの字」形に配置された大規模な土塁(どるい)と空堀(からぼり)によって囲われていることがこの城の大きな特徴です。
 現地説明会では曲輪内で行った調査により確認した2棟の大型掘立柱建物跡(掘立柱建物跡1、2)を中心に紹介しました。このうち掘立柱建物跡1は南北方向に6間または7間(けん:家の柱と柱の間を数える単位、1間は2.1m)、東西方向3間(1間は2.1m)と大きなものです。また、曲輪の東端では幅5m、厚さ1.4m以上の盛土工事が行われていることを説明しました。大規模な土地造成が行われていることや、大型の掘立柱建物があったことは、この地に有力な領主がいたことを示すものです。有力な領主は古代から中世にかけて、この市場城周辺の小鴨郷を本拠とした小鴨氏と考えられます。
 発掘調査現場以外にも、市場城の特徴である空堀や土塁もご覧いただき、参加者からは「大規模な堀に感動した」など、驚きの声や感想をいただきました。

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掘立柱建物跡について説明しているところ

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厚く盛られた造成土

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市場城背後の空堀、土塁について説明しているところ


市場城跡の発掘調査を再開しました(市場城跡の調査 その3)

 令和4年7月11日から市場城跡の発掘調査を再開しました。発掘調査は土塁で囲まれた曲輪1の内側で行っています。
 調査の目的は曲輪に築かれた建物などの痕跡(遺構)や、当時の人々が使い、捨てた器や道具(遺物)を確認するためです。昨年度の発掘調査では、東西方向に長さ20mのトレンチと呼ばれる溝内で、畑の耕作土を掘り下げると地山(自然に形成された地盤の土)に掘り込まれた穴や溝の痕跡を70個以上見つけることができました。
 中には南北方向に等間隔(2m)に列状に並ぶ穴があり、これらの穴は建物の柱を立てた痕跡(柱穴)と考えられます。
 本年度は柱穴の並びを確認し、どのような建物があったのか、発掘調査で確認していきたいと考えています。
 また、秋ごろに現地説明会を開催する予定です。

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北から南にトレンチを見た様子。だいだい色の土に丸く茶色の模様のように見えているのが、柱穴などの痕跡です。


中世城館ウォーク(打吹城、黒坂城)を行いました その2

 ゴールデンウィークを挟んで打吹(うつぶき)城(倉吉市)、黒坂城(日野郡日野町)、の2つの山城のウォークを行いました。
  今回は令和4年5月14日(土)に開催した黒坂城ウォークを報告します。
 黒坂城は、黒坂の町の背後にそびえる標高302mの山頂から山麓にかけて築かれています。この城は、慶長15(1610)年に伊勢亀山(現三重県亀山市)から2万石の加増を受け、領地替えされた関氏により、築城されました。
 ウォーク当日は晴天に恵まれ、日野町教育委員会、黒坂鏡山城下を知ろう会のみなさまの協力を得て開催しました。日野町公民館から麓まで徒歩約20分、さらに麓から約10分の山道を歩いて山頂に到着しました。山頂には南北に細長い曲輪(くるわ)があり、これが主郭(しゅかく)に相当します。主郭を含め山頂の各曲輪は周囲に土塁(どるい)を備えており、こうした土塁を伴う構造は周囲の山城にはみられません。この城には天守台のような施設は見当たりませんが、主郭から尾根を南にくだった中腹に櫓台(やぐらだい)が設けられています。その周囲には石垣に使われた石材が点在しており、石材には矢穴(やあな)と呼ばれる石材を分割する際に掘られた楔(くさび)の跡が残されています。現在は失われていますが、山頂部は石垣による整備が行われたようで、曲輪の側面にその痕跡として石垣の裏込石(うらごめいし)が露出しています。
 江戸時代、一国一城令を経て黒坂城は廃城となりましたが、鳥取藩は黒坂城跡に町政の中心を担う陣屋(じんや)を構え、家臣福田氏を配置しました。江戸時代の絵図によれば山麓部の広い曲輪に陣屋施設がおかれたことがわかります。
 黒坂城は、JR伯備線黒坂駅の後ろにあって、交通の便もよく町民の方にとっても大変身近な山城です。それほど高くない山城ですが、参加者から「見慣れた山だけど、山頂まで歩くのは初めて」、「山の中で解説を受けておもしろかった」といった感想をお聞きしました。黒坂城は、江戸時代の初め頃、戦時に備え山頂を山城として整備した様子や、その後、太平の世を迎え、山麓部に役所施設としての陣屋が整備された状況を一度に楽しめる貴重な城跡です。多くの方に訪れていただきたい山城の一つです。

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主郭の様子

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山麓部での解説状況


「狗尸那(くしな)城跡」発掘調査報告書を刊行しました。

 令和2、3年度に発掘調査を行った「狗尸那城跡」(鳥取市鹿野町)の発掘調査報告書を刊行しました。因幡国西部のシンボル、鷲峰山(じゅうぼうさん)の中腹に築かれた狗尸那城跡の発掘調査では、頂上の主郭(曲輪1)で大型の礎石建物跡がみつかり、主郭をめぐる切岸(きりぎし)には石積みが施されていました。城跡に残る防御施設の様相からは、臨戦態勢に置かれた城との認識が妥当と考えられる一方で、主郭を中心とする主要部は建物跡をはじめ石材を用いた施設が配置されるという、アンバランスな状況を発掘調査によって確認しました。
 少ないながらも出土遺物は、15世紀後半から16世紀前半のものが主体ですが、トレンチ調査を行った切岸や曲輪には改修跡と考えられる痕跡もあり、遺物の時期よりも城は長い期間機能したと考えられます。
 また、城の立地、調査で得られた遺構、遺物の様相から中世のある段階に狗尸那城が「鹿野城」と呼ばれた可能性も考えられるなど、大きな成果を得ることができました。
 これらのことをまとめた報告書を当センターで販売しています(頒布価格1,000円)。

 ご購入方法はインク先をご覧ください→リンク先

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「狗尸那城跡」発掘調査報告書

[令和4年5月2日掲載]

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センター紹介

 久松山地域は戦国時代以降鳥取城が築かれ、鳥取藩32万石の中心地でした。現在でもこの地域は県庁があり、行政の中心地となっています。

 しかし、戦国時代から遡ること約800年前の奈良時代、県庁から4キロほど離れたこの国府町に国史跡因幡国庁(現在の県庁にあたるもの)がありました。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、当時の面影を残す万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里となっています。
 この歴史豊かな万葉の里の一角に埋蔵文化財センターはあります。


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