展示・イベント等

因幡の中世城館 展示品「戦国時代の喫茶」を紹介します!

 現在開催中(令和4年1月7日から2月18日)の企画展「因幡の中世城館」の展示品の紹介です。
 喫茶文化を感じさせる出土品として、「茶臼(ちゃうす)」を紹介します。 
 喫茶が普及するようになったのは12世紀末以降、禅院から武士階級へと広がったとされています。15世紀に入ると茶の味や香りによって産地を判別する、「闘茶(とうちゃ)」が行われるなど、茶は生活の中に浸透していきました。
 「茶臼」は合わさる面に臼目が刻まれた上臼、下臼を芯木で接続し、上臼の上部に作られた穴に茶葉を入れ、上臼の横につけた挽き木を回して上臼を回転させることで茶葉が上下の臼目に挽かれ、粉末の「茶」となって下臼の受け皿にたまっていきます。
 天神山城跡の出土品は、下臼の一部で、芯木を差し込んだ穴があり、臼目が刻まれていることがわかります。出土品の中にはお茶を飲んだと思われる天目茶碗(てんもくちゃわん)も出土しており、戦国時代の因幡守護屋敷では、上級の武士にふさわしく喫茶の習慣があったことがわかります。

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喫茶文化を感じさせる出土品「茶臼(ちゃうす)」


企画展示「因幡の中世城館」オープン

 あけましておめでとうございます。

 本日(令和4年1月7日(金))より、企画展示「因幡の中世城館」を開催します。

 今回の展示では令和3年度に埋蔵文化財センターで実施した狗尸城跡(鳥取市鹿野町)の発掘調査成果と、昭和42年度、昭和63年度に発掘調査を行った天神山城跡(鳥取市布勢)の調査資料の一部を紹介しています。

 天神山城跡の資料は、京都系土師器皿を中心に展示しています。戦国時代、地方武士は、京都で行われていた武家のならわしを取り入れ、大量の土師器皿を使った儀式や宴会を行い、その時に使った土師器皿は大量に捨てられていました。天神山城跡は因幡守護山名氏が居住した守護所で、京都で作られていた手づくね技法による皿を模倣した京都系土師器皿がたくさん出土しています。文書史料や日記などの記録から、地方でも武士は儀式や宴会を年に何十回も開催しており、その多くは正月が中心と言われています。天神山城跡の京都系土師器皿も、かつての正月行事に使われたものかもしれません。

 狗尸那城跡では、曲輪と曲輪の間に設けられた切岸(人工的に削った急な崖)部分を新たに調査し、改修された痕跡や、礎石建物跡と同時期に整備されたと考えられる石積みを確認したところです。斜面に積まれた石積みは、崖の崩落防止のほか、石による整備によって城を見せるような効果を狙った可能性がうかがえ始めました。

 埋蔵文化財センターにお越しいただき、ぜひ展示をご覧ください。

展示室の入口の写真。


冬休みスペシャルイベント開催しました!!

 大雪警報のため、予定していた令和3年12月25日(土)、26日(日)の開催は25日(土)のみの開催となってしまいましたが、冬休みスペシャルイベントを開催しました。

 今回の体験メニューは、「ミニチュア山城をつくろう!」と「めざせ忍者マスター!手裏剣投げ体験」でした。
 「ミニチュア山城をつくろう!」では、近年、全国的にも注目されているクシナ城跡(鳥取市鹿野町)と国史跡若桜鬼ヶ城跡の2500分の1スケールのミニジオラマを作りました。このミニジオラマ、体験用のおもちゃのように思われるかもしれませんが、実は航空レーザー測量という方法で得られた地形データをもとに3Dプリンターでモデル型を作った精巧なものです。このミニジオラマ作りは、先ほど説明した新しい技術を体験メニューにも応用した当埋蔵文化財センターならではのものです。
 体験されたみなさんからは、「ミニジオラマ作りを通して、山城の構造が体感できた。」、「行ったことのあるお城のジオラマを作ったのでよりお城のことが分かった。」、「ミニジオラマ作りと歴史解説が一緒でよく分かった。」などの感想がありました。
 また、手裏剣投げ体験も大変好評でした。最初は上手くできなかった参加者も職員にコツを伝授してもらうと見事命中。命中した方はセンターオリジナル記念品がゲットし、参加者の皆様が体験後、笑顔で帰って行かれました。
 当埋蔵文化財センターでは夏休み、冬休み、春休みにこのような楽しい古代体験を実施しています。次は春休みイベントを予定していますので楽しみにしていてください。ホームページチェックもお忘れなく!!

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ミニチュア山城作りに熱中!

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見事完成!!

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手裏剣見事命中!!


企画展示「因幡国府とその周辺」展示品の紹介 題箋軸に巻いてあった書類は

 企画展示「因幡の国府とその周辺」の会期(令和3年10月22日(金)から12月24日(金)まで)は残すところ1週間余りとなりました。展示品の紹介第3弾で、今回は「題箋軸」(だいせんじく)です。
 題箋軸とは書類を巻く木製の道具で、書類の内容を記す題箋部(小さな板)と書類を巻く割りばしくらいの太さの軸の部分で構成されます(写真1)。多くの場合は、出土時には軸の部分は折れてしまっていることが多いものです。今回の企画展示には、昭和52年に実施された国府地区県営ほ場整備事業に伴う発掘調査で出土した題箋軸の復元品を展示しています。
 出土したのは題箋部だけで(写真2)、表面に「仁和二年假文□」(にんなにねんけぶみ、最後の1文字の□ははっきりと見えませんが、「案」と考えられています。)、裏面に「仁和二年假文」の墨書(ぼくしょ)が残っています。大きさは、長さ7.3cm・幅2.7cm・厚さ5mm程度です。仁和2年(西暦886年)は平安時代の前期に当たります。
 出土した地点は国庁域内を東西方向に通る砂利敷道路(幅約14m)に平行する溝の中です。道路は、鎌倉時代頃の土器などが数多く含まれる地層に覆われており、鎌倉時代頃までは使用されていたこと、この道路の下層にはさらに古い時期の石敷が見られることも報告されています。
 さて、「假文」とは律令制下の役人の休暇願で、「暇文」や「仮文」と表記することもあります。都で勤務する役人を例にとると、「仮寧令」(けにょうりょう)というきまりで、6日に1日の「六假」(ろっか)や農繁期の「田假」(でんか)など休暇願が不要ないくつかの休暇が認められています。これら以外に私用で休暇を取得する場合には、「請假解」(せいかげ)という休暇願を提出して承認される必要がありました。東大寺にあった「写経所」の請假解が正倉院文書の中に数多く残されており、休暇の理由には、病気や衣服の洗濯、家の修理など様々なものが見られます。また、承認された休暇を過ぎても出勤しない役人への召喚状(召文(めしぶみ))や、承認された休暇以上に休むための欠勤届である「不参解」(ふさんげ)も見られます。不参解には、病が回復しない旨を訴えたものもあり、都で勤務する役人の実態が具体的に分かる資料となっています。
 因幡国府遺跡で出土した題箋軸には、承認済の休暇願又は休暇願と承認結果がとりまとめられた書類が巻き付けられていたと考えられます。また、□部分が「案」であるとすれば、因幡国府から上級機関に提出したこれらの書類の控えを巻き付けて保管していたものと考えられます。

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写真(1)題箋に書類が巻いてあるようす(鳥取県立博物館蔵)

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写真(2)因幡国府で出土した題箋軸の表(左)・裏(右)


企画展示「因幡国府とその周辺」展示品の紹介 「南」の次の1字は何?

 今回の企画展では、因幡国府遺跡の発掘調査で出土した墨書土器(ぼくしょどき)の一つを展示しています。展示している土器は、国庁の中心施設である正殿(せいでん)や後殿(こうでん)が発見された一画で出土しています。文字は、須恵器(すえき)の坏形(つきがた)土器の底面に書かれており、昭和53年に鳥取県教育委員会によって発行された『因幡国府遺跡発掘調査報告書6』では1字目が「南」、2字目は不明としています。企画展示をするにあたり、今回改めて埋蔵文化財センターにある「赤外線撮影装置」で文字を撮影してみました。
 1字目は文字の上端部の墨が消えてはいますが、「羊」の文字を囲むような筆跡があることから、発掘調査報告書どおり「南」で納得できます。
 問題は2字目です。曲線の山が3カ所あるような文字です。全国の出土品に書かれている文字例をデータベース化した奈良文化財研究所の「木簡庫」で、文字「南」の例を検索してみたところ、647例ヒットしました。このうち、「南」が先頭で2文字完結する単語は、「南門」、「南方」、「南郡」、「南部」、「南北」、「南東」、「南西」、「南宅」、「南山」、「南道」、「南部」などの例がありました。これらのうち、曲線の山が3カ所あるのは、どうも「門」のようです。
「平城宮内裏北方官衙地区」出土木簡の「北炬門」例の「門」の字、あるいは「平城京左京二条二房五坪二条大路濠状遺構(北)」出土木簡の「外南門□大原□磯部□二人」の「門」の字に比較的似通っていることから、2文字目は「門」とするのが妥当と考え、展示土器の墨書は「南門」としてよいと考えます。また、国庁に南門は付設されるものですので、南門と墨書された土器があっても不自然ではないと考えています。
 なお、企画展示は令和3年12月24日(金)までとしていましたが、25日(土)、26日(日)の冬休みイベントに合わせて、午後は開館していますので、どうぞお見逃しなく。

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墨書土器の赤外線撮影映像

[令和3年12月13日掲載]


冬休みスペシャルイベント開催します!

 子ども達お待ちかねの恒例企画『冬休みスペシャルイベント』を今年も開催します。

 今年は、令和3年12月25日(土)、26日(日)の午後に開催します。25日(土)は、「ミニチュア山城をつくろう!」、26日(日)は、「古代ゴマを作って回そう!!」、そして、両日とも「めざせ忍者マスター!手裏剣投げ」を体験することができます。
 「ミニチュア山城をつくろう!」は、今、話題の戦国時代の山城「クシナ城跡」のミニジオラマを作る体験です。これでいつでも戦国時代の山城を手の上で観察できます。
 「古代ゴマを作って回そう!!」は、古代のコマを作って回して楽しむ、お正月向け季節限定体験です。
 「めざせ忍者マスター!手裏剣投げ体験」は、忍者になりきって的めがけて手裏剣を命中させるゲームです。君は何個の手裏剣を的に当てることができるかな?自分の腕前を埋蔵文化財センターで試してみよう!!
 普段できない体験ができるこの2日間、埋蔵文化財センターで今年最後の楽しい思い出を作ろう!!
 また、イベント開催中は企画展「因幡の国府とその周辺」もご覧いただけますので、この機会に是非ご覧ください。

【冬休みスペシャルイベント】

  期間:令和3年12月25日(土)、26日(日)

    時間:〔ミニチュア山城(25日)・古代ゴマ(26日)〕

     ・第1回:午後1時30分から午後2時30分

     ・第2回:午後3時から午後4時

      ※定員:各回10名(完全事前予約制-申込〆切:12月24日(金))
      申込方法:当センターHP申込みフォーム、メール、電話        

     〔手裏剣投げ体験(25・26日) 

     ・午後1時~午後5時 ※先着順で体験

  会場:鳥取県埋蔵文化財センター

 

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ここをクリックするとチラシが開きます。 (pdf:685KB)


【お知らせ】開館延長・土曜日開館やってます!

 当埋蔵文化財センターでは、「仕事帰りに企画展示が見たい!」、「平日は埋蔵文化財センターに行く時間がない」などの利用者の皆様の声に応えて、次のとおり開館延長と土曜日開館をしています。

 

 〔開館延長〕第1・第3土曜日前日の金曜日:午後7時まで開館

 〔土曜日開館〕第1・第3土曜日:午後1時から午後5時まで開館

 今月、令和3年12月3日(金)・17日(金)は開館延長、12月4日(土)・18日(土)は土曜日開館です。  現在、当センターでは企画展「因幡の国府とその周辺」を令和3年12月24日(金)まで開催中です。仕事終わりに気分転換されたい方、鳥取の冬のきれいな星空の観察プラス鳥取の歴史にも触れたい方、その他のパターンの方々、どうぞ当センターの開館延長へお越しください。  

 第1・第3土曜日の午後開館もお忘れなく!

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開館延長中の埋蔵文化財センター

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仕事帰りに展示を楽しむ来所者

[令和3年12月掲載]


トリドリむきばんだで「かんざしづくり」しました!

 令和3年11月6日(土)、7日(日)に、鳥取県立むきばんだ史跡公園で「トリドリむきばんだ」が開催され、当センターも6日に「かんざしづくり」を行いました。天気にも恵まれ、会場には多くの家族連れが来場しており、それぞれ目当ての体験を楽しまれていました。当センターの「かんざしづくり」は、事前予約された方は少なかったのですが、当日参加の方が多く、4回の開催で合計19人の方にかんざしを作っていただきました。
 今回は、あらかじめ大まかな形を作った鹿の角をヤスリで削り、オリジナルのかんざしを作りました。髪に挿す先端を尖らせるとともに、髪の外に出る飾り部分をお好みに形作るのですが、鹿の角は意外と硬いのでヤスリでもなかなか削れず、小さなお子さんではなかなか大変だったようです。それでも50分程の体験の中で、素材の形から「日本刀」形に作った方や、たまたま残っていた角の外面の文様を上手に活かしたかんざしを作った方もいて、それぞれオリジナルのかんざし作りを楽しんでおられました。
 昨今、新型コロナウイルス感染症のため、埋文センターでもこうした体験はなかなか難しくなっているのですが、対策をしっかり行い多くの方に古代体験を楽しんでいただけるように工夫していきたいと思います。

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体験ブース

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鹿の角を削ってかんざしづくり


企画展示「因幡国府とその周辺」展示品の紹介 大権寺遺跡には古代寺院が?

 因幡国府の中心「史跡 因幡国庁跡」の東に隣接する大権寺(おおごんじ)遺跡から出土した軒丸(のきまる)瓦4種類の内3種類を展示しています。軒丸瓦は屋根の縁を飾る瓦で、その文様は、日本の古代瓦では蓮(はす)の花をモチーフにした蓮華文(れんげもん)が主流です。瓦の中心にある丸いところは中房(ちゅうぼう)と呼ばれ、蓮の花の「花托」(かたく)を、中心から放射状に伸びる文様は、連弁(れんべん)と呼ばれ、花びらを表現しています。中房に見られる丸い文様は、花托の中にあるめしべを表現しています。

 さて、大権寺遺跡は1953(昭和28)年に墓地造成に伴って礎石や古代の瓦が出土したことから、「大権寺廃寺」と呼ばれていました。この場所を含む大権寺遺跡は、国府地区県営ほ場整備事業に伴い1972(昭和47)年、1973(昭和48)年、1976(昭和51)年の3カ年にわたって発掘調査が行われました。発掘調査の結果、大権寺廃寺と呼ばれた場所では、庭園がある鎌倉時代から室町時代の屋敷跡が確認されたものの、寺院跡は確認できませんでした。しかし、屋敷跡の造成土から多くの古代の瓦(7世紀後半から8世紀後半まで)が出土しています。出土した瓦は屋根の縁(ふち)を飾る軒丸瓦・軒平瓦、平たい部分に葺かれる丸瓦・平瓦、棟に葺く熨斗(のし)瓦、四隅に出る木材を飾る隅木蓋(すみきふた)瓦などが出土しています。また、発掘調査以前に大棟(おおむね:屋根の一番上の部分)の端に置かれる鴟尾(しび)も地元の人によって採集されています。このように多種の瓦が出土していることから、これらの瓦は寺院建物の屋根に使用されたものと考えることができます。

 大権寺遺跡は、ほ場整備に伴う発掘調査では寺院の跡が見つかっていませんが、今後改めて発掘調査を行うことにより、屋敷跡の造成土の下層や周辺で古代寺院跡が見つかる可能性がある遺跡です。

蓮の花の写真

写真1 蓮の花(c鳥取県)

大権寺遺跡から出土した蓮華文の軒丸瓦

写真2 大権寺遺跡出土の軒丸瓦(半分程度が失われています。)

瓦の名称説明のための写真

写真3 瓦の名称(奈良文化財研究所『古代の官衙遺跡 2.遺物・遺構編』2004年 8頁から転載)

[令和3年11月掲載]


鳥取県・明治大学連携講座「鳥取いにしえの木の文化」のお知らせ

 明治大学の創始者の一人、岸本辰雄氏が鳥取県出身であることから、本県では毎年度、明治大学と連携した講座を開催しています。今年度は、「鳥取いにしえの木の文化」と題し、明治大学の石川日出志教授と当センター職員で講演、討議を行います。
 「地下の弥生博物館」と言われる青谷上寺地遺跡はもとより、近年の鳥取西道路の発掘調査で、縄文時代から中世まで幅広い時期にわたる大量かつ多種多様な木製品が出土し、鳥取県が太古の昔から豊かな森林資源と卓越した匠の技を有する全国有数の県であることが分かってきました。現在、これらの木製品を再整理しており、講座では、最新の情報をお知らせします。
 開催は令和3年11月29日(月)19時から20時40分です。Zoomによるオンライン配信となります(受講料は無料)。事前申込制(先着480名)となっておりますので、お早めにお申し込み下さい。

申し込み先は、明治大学リバティアカデミーホームページまで。
 鳥取県が誇る木の文化について、ぜひご聴講ください。

こちらをクリックするとチラシが開きます

鳥取県・明治大学連携講座 (pdf:2385KB)

[令和3年11月掲載]

イベント等の申込

令和6年度鳥取まいぶん講座申込(4月18日(木)~募集開始)


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センター紹介

 久松山地域は戦国時代以降鳥取城が築かれ、鳥取藩32万石の中心地でした。現在でもこの地域は県庁があり、行政の中心地となっています。

 しかし、戦国時代から遡ること約800年前の奈良時代、県庁から4キロほど離れたこの国府町に国史跡因幡国庁(現在の県庁にあたるもの)がありました。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、当時の面影を残す万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里となっています。
 この歴史豊かな万葉の里の一角に埋蔵文化財センターはあります。


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