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古代山陰道の発掘調査情報(その1) New!

 発掘調査を開始して3週間あまり。前回、枝木の伐採や下草刈りで見やすくなった切通しをご紹介しましたが、さらに環境整備が進んだことにより一段と見通しが良くなり、迫力満点の切通しを実感できるようになってきました(写真1・2)。

 発掘調査は現在、東側丘陵に残る切通し部分に4ヵ所のトレンチ(調査区)を設定し掘り下げを行っています。わずかですが土器片も出土し、中には古代山陰道が使われていた奈良時代や平安時代とみられる土器も含まれていることが分ってきました(写真3)。今後の調査に期待が持てます。

(写真1)東丘陵の切通し(Before

 (写真2)東丘陵の切通し(Aftar

(写真3)出土した古代の土器
  

11月5日(火)に古代山陰道の発掘調査を開始しました。

  11月5日(火)に古代山陰道の発掘調査を開始しました。初日はまず、発掘調査する部分の環境整備を行い、草刈りや枝木の伐採をしました。すると、現地踏査で確認されていた大規模な切通しが一層はっきりと姿を現しました。(写真1)。翌6日からはいよいよトレンチ(調査区)を設定し、掘り始めました(写真2)。どんな発見があるのか、ワクワクしながら調査を進めています。

 

写真1 草刈りや枝木伐採後の切通しのようす(東側丘陵)

写真2 トレンチを設定して掘削作業を開始したようす

  

センター紹介

県の中心部は、室町時代の後期は湖山池ほとりの天神山に守護所が置かれ、江戸時代の前からは久松山(麓)に城が置かれるようになり、明治時代から現在まで県庁が置かれています。県庁から4キロほど離れた国府町に奈良時代の国史跡の因幡国庁跡があります。今ではひっそりとした田園地帯ですが、因幡三山(甑山(こしきやま)、今木山(いまきやま)、面影山(おもかげやま))に囲まれ、万葉の歴史と古代の出土品にあふれた万葉の里に埋蔵文化財センターはあります。

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