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喜助とおさん狐(三朝町大谷)

昭和63年(1988)8月20日、三朝町大谷で採集

語り

 昔あるところになあ、喜助という人がおった。
 それが割合貧乏していて、冬になって餅米を買おうと思っても餅米を買う銭はないし、困っておった。
「お父つぁん、もうじき正月だが、餅米を買う銭もないし、困ったもんだなあ。」と嫁さんがいっていたら、喜助は「待て待て、おれにちょっと思案がある。おりゃこの奥へ上がって、おさん狐をだまいて、あいつで銭もうけをしたらぁ。」といった。
「そげな罰があたるようなことはしられんで。」と嫁さんがいっても「いやまあ、この節季、かなわんときだけえ、やったるわい。」という。
 それから、奥の山へ入って「お-い、おさん、出てこ-い、出てこ-い。」といっていると、そのうちに狐が女に化けて出てきたって。
「喜助さん、何の用だ。」「おまえに用があったわい。おりゃあなあ、こないだごろから嫁を頼まれとるけえなあ、嫁世話せんならんだ。嫁なってごせ。」「なに、おらが嫁になるちゅうのか。」「そうがなあ、いつまでもその家におりゃあでもええけえ、おれがわが家へもどってその夜さがすんだら、明くる朝間になったらその家におりゃあでもええ、逃げてもええけえ、嫁になってごしぇ。」「ま、そのぐれえな時間ならなってあげるわいな。」「ほな、頼んぞ。時間にゃおれが迎えに来るけえ。」
 それから、喜助さんは、前から嫁さんを捜してほしいと頼まれていた家へ行って
「おい、とうとう嫁ができたわい。できたことはできたけどなあ、ちいと銭がいっといるだわいや。」という。
「何ぼほどいったかいな。」「五円はもらわにゃいけんがやあ。」「ああ、五円ども算段するするする。そいでいつだかいなあ。」「おまえの家の都合がよけりゃあ、あさってでも来るぞ。銭さえできりゃあ、あさってでも連れて来る。嫁の方に銭がいるでなあ。」「ええ、なら銭こしらえたらじき持って行く。」
 それからその家では銭をこしらえて持って来たので、喜助は銭はわが懐へ入れておいて「かかあ、こいから山ぃ行って、山ゴンボの根を掘って来い。」という。
「何すっだいな。」「ま、何でもいいけえ掘って来い。そいから蕗の根もちいと取ってこい。」
 そいから、嫁さんにいいつけておいて、おさん狐のところへ行って「おおい、おさん、出て来ーい。」「どがなことかいな、喜助さん。」「あさって、おまえは嫁に行かにゃあならんだ。こしらえしてごしぇ。」「はいはい。」「そっであさっての晩、ちょっと早になあ、おれが迎えに来るけえ、それまでこしらえしとれよ。」「はいはい。」
 そいから、もどって、嫁さんに「おい、ように話は決まったけえなあ、あの掘ってきた山ゴンボの根と蕗の根とこまに刻んでせんじとけ。そうして大きな盆にように盛っとけ。」といった。
「何だいな。」「まあ、何でもええけえ、ちゃんというやにしとけ。」
 そいから、そのように嫁さんに準備させておいて、喜助はおさん狐を迎えに行って、そいからそこへ連れて行ったところ、家の人たちは「何といかさま、喜助さん、いい嫁さんを世話してごしなった。ああ何ちゅううれしいこっだらあか。」という。
 さあ、酒や肴でもてなしてもらったそうな。しかし、肝心の狐さんは、おいしそうなものがそこらの方に並んでいるけれど、食べるわけにはいかないし、口から唾を出して待っているけれど食べるわけにはいかないし、そいから「小早にこの喜助さんはいにゃあええわい。」と思っていたら、まあ、いい加減によばれてから喜助さんが「まあ、ほんならいぬるけんなあ。嫁さんを頼むけえなあ。」といって自宅へどってしまった。そいから、喜助さんは「やれやれ。」と思いながら嫁さんに、
「おい、おれはこれで寝るけえなあ。もしあそこの嫁の家から、おれがだまいて狐を連れて行っただちゃんこといってぐずって来るかも知らんけえ、なんでぇ、そこらをうまいこと話さにゃいけんど。それが連れ合いだけえ。」といって寝た。
「はいはい、分かりました。」それで喜助さんは寝とるそうな。
 明くる日になったところが、その家から「喜助さんはおんなるかや。」といってやって来た。
「へえ、おんなはるだが。」嫁さんが答えると「喜助さんちゅう人は、まあ、ひどい人だ。この近隣におって。ようもようもおれをだまいて。銭の五円も取って、『嫁世話したる。』ちゃんことをいって、狐を嫁に世話してからに。銭もどいてもらわにゃいけんし、謝ってもらわんにゃいけんが。」という。
「え-え、うちのおとっつぁんがそがなことをしなはったがかえ、おとっつぁんは、おまえ、こないだごろから、『何だか熱があるようでショウカンになっただも知らん。』ちって、何だかかんだか、あれが効くこれが効くっていいなはるだけえ、草の根を掘ってきてせんじて飲ませまして、まあ見てごしなはれ、枕元へこのごとくに薬をせんじたかすがあるだが。おとつっぁんは台無しじゃ。いま、おまえ、熱を冷やいてあげよるところだが。」といったそうな。
「そがなはずがないが。」「でも、ほんなら上がって見てごしなはれ。」「まあ、そがにもいいなはらそがなだわ。ほんなら喜助さんがおれをだまいたのではない、うちのもんが狐にだまされたんかいなあ、まあ、残念なけどしかたがないわ。すまなんだなあ。邪魔ぁしたなあ。」といって帰ってしまった。そいから喜助さんが「どうだ、かかあ、うまくいっただらが。ああ、餅げでも何でも五円ありゃあ、だいぶん買えるけえ。」といって、そうしてよい正月を迎えたという話だ。昔こっぽり。
(伝承者:明治40年生
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解説
 これは珍しい話である。関敬吾『日本昔話大成』で調べても、この話の戸籍はない。もし、考えられるとするならば、本格昔話の「十五 人と狐」とか、あるいは笑話の中の「四 狡猾者譚」に位置づけられてしかるべきだと思うのであるが、両者ともに類話が紹介されていない。つまり、これは三朝町で見つかった単独伝承の話というべきものである。


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