当館が開催する「企画展」は、会期やテーマを限定して最新の知見や貴重な資料を来館者にご覧いただける場です。企画展を開催するためには、実際の展示内容の検討の外、広報や会場の設営、関連イベントの開催など準備が多岐に渡ります。しかし、企画展の準備作業の中でも最も重要なのが調査・研究です。
博物館が根本的な使命として行っている調査・研究の最もわかりやすい成果が、“新発見”でしょう。今年の秋に開催予定である企画展「名和長年(なわながとし)とその一族 ―今につながる700年の軌跡―」も調査・研究を進めており、新発見と呼べるべき事柄として名和男爵家の資料や名和神社の宝物類を調査した成果があります。この企画展に向けた調査・研究の成果を紹介することを通して、その役割について書いてみたいと思います。
令和8年度秋の企画展「名和長年とその一族 ― 今につながる700年の軌跡―」の内容と見どころ
まず、この企画展は鳥取県西伯郡大山町域の出身の武士・名和長年と、その一族・子孫たちの歩みを紹介する展覧会です。名和長年は後醍醐(ごだいご)天皇を助けた人物として有名ですが、長年以降の一族の歴史についてはあまり知られていないと感じます。実は、名和長年の孫・顕興(あきおき)は伯耆国(ほうきのくに)を離れ肥後国(ひごのくに)(熊本県)で領主となり、戦国時代まで続いています。また、江戸時代には筑後国(ちくごのくに)(福岡県)の柳川(やながわ)藩士となり、明治時代には男爵の爵位を得て軍人・貴族院議員として活躍しました。

この企画展の見どころは、国重要文化財なども含む名和家に関わる歴史資料を全国的に集め、展示することです。また、名和家が豊臣秀吉から所領を与えられた際に出された朱印状や、名和神社に奉納された門外不出の様々な宝物などが一堂に会します【写真1~4】。展示を通して、名和長年とその一族の波乱万丈な歩みや、伯耆国を離れても失われなかった名和一族と鳥取県の深い結びつきを感じていただけると思います。
後醍醐天皇だけじゃない‼大正天皇と名和家の所縁

さて、展示に向けて名和男爵家のご子孫のお宅にお邪魔し、代々保管されてきた資料を借用しました。これらは、近代の名和男爵家の活動について知ることができる貴重な資料です。現在これを整理しながら、展示する資料を選定する作業を行っています。
【写真5】は、名和家において大切に保管されていた名和長年の絵です。この絵を収納している筒の貼り紙によると、建武3年(1336)5月に後醍醐天皇が京都を脱出して比叡山延暦寺に移った際に、坂本(現・滋賀県)に向けて出陣する長年を描いたもので、男爵・名和長憲(ながのり)が皇太子時代の大正天皇から下賜された品であったことが分かります。騎兵将校であった長憲は、明治29年(1896)から嘉仁(よしひと)親王(のちの大正天皇)の東宮武官(とうぐうぶかん)(皇太子の軍事事務を担当する役職)を務めており、大正天皇に乗馬を指導していたと伝わっています。大正天皇は乗馬を好んでいたと言われており、その背景には長憲の薫陶があったのでしょう。他にも名和男爵家には、大正天皇・貞明(ていめい)皇后所縁の品が多く伝わっています。
鳥取県出身者で一番位が高くなりました 名和長年の叙位(じょい)の証拠を発見
次に、【写真6】の位記(いき)とよばれる文書は、昭和10年(1935)に発行されたものです。中央には「裕仁(ひろひと)」、つまり昭和天皇の署名と玉璽(ぎょくじ)(印)が据えられています。この位記は、名和長年が従一位(じゅいちい)に叙任されたことを証明する文書です。鳥取県出身者で従一位に上ったのは、光格(こうかく)天皇の実母・大江磐代(おおえいわしろ)と名和長年だけです。つまり、鳥取県出身者にあてた史上最も高い叙位を示す位記となります。
見えてくる追贈の背景(▼東京の国立公文書館にて)
さらに、この位記について公的な記録を探して、東京の国立公文書館で調査を行いました。「叙位裁可書(じょいさいかしょ)・昭和十年・叙位巻四十九・贈位」という簿冊の中に「贈従三位(じゅさんみ)名和長年位階追陞(いかいついしょう)ノ件」という題で叙位に関する公文書が綴られていました。大正13年(1924)に長年の位階追贈(いかいついぞう)は一度却下されましたが、再度昭和10年に申請され認められました。この時に内閣総理大臣・岡田啓介(おかだけいすけ)が署名した稟議書を見ると、
「同人(長年)カ勤王ノ為盡瘁(じんすい)セシ事績ノ新ニ発見セラシモアリテ」、
つまり名和長年の活躍について研究が進んだことを追贈決定の理由としています。ただし、鳥取県知事・中谷秀(なかたにしゅう)が内務大臣後藤文雄(ごとうふみお)に提出した申請書によると、昭和10年が名和長年没後六百年の節目の年で、名和神社において大祭が企画されていることも記されており、この祭典も叙位の背景にあったことがわかります。追加の調査から、名和長年に位階を追贈することの歴史的な位置づけが垣間見えます。
心を込めて偉大な先祖の姿を模写

また、【写真7】の古写真も借用しました。これは、名和男爵家の名和長臣(ながおみ)が、現在は東京国立博物館の所蔵になっている重要文化財「伝名和長年像」を模写している様子を撮影した興味深い写真です。日本画家であった名和長臣の作品は、名和神社にも奉納されています。ちなみに、名和男爵家には、この時に模写したとみられる「伝名和長年像」【写真8】も現存しています。
企画展に向けて借用した資料を一点ずつ整理し、関連資料を探して調査した知見は、実際の展示に役立てられます。また、この展覧会の内容を元に更なる研究が行われ、新事実が判明することもあるでしょう。歴史の研究は新しい成果が新たな謎を呼ぶので、終わりはありません。そういった意味では、企画展は現状の成果を“ひとまず”報告する、調査・研究の最前線と言えそうです。
(学芸課 歴史・民俗担当 山本 隆一朗)
企画展「名和長年とその一族 —今につながる700年の軌跡—」は令和8 年10月31 日(土)~ 11 月29 日(日)に開催します。