先鋒戦
先攻:ちぺろん
見つめれば流れないけど見返せばもう移ってる 時って雲だ
後攻:うるぺぎにんじん
時間 逃げても逃げても横にいて手を繋ごうとしてくる幽霊
講評 穂村弘審査員
雲の歌よかったですね。なぞなぞタイプっていうのかな。「見つめれば流れないけど見返せば、もう移ってるもの、なあに」みたいな、なぞなぞがあると。答えは雲なんだけど、実は雲の正体は時間だっていう、2段落ちみたいな構造で、これすごくよくわかる歌でいいなと思いました。
幽霊の方は逆に、まず辞書のように「時間」とは、という項目が提示されて、それが「手をつなごうとしてくる幽霊」だという独自解釈がなされている。新鮮な捉え方でした。どの程度説得力があるかによってこの歌の評価が決まるのだと思うのだけれど、僕は『うるぺぎにんじん』さんの説明に説得力を感じたんですよね。ちょっとかわいい感じもするし。
この辞書タイプとなぞなぞタイプの戦いで、今回は幽霊の方が、独自性があるかなと個人的には思いました。
中堅戦
先攻:ちぺろん
「好き」だけで楽になれるよな世界線 このままでいいと君を信じた
後攻:うるぺぎにんじん
「楽しいことないかなぁ」を拾ってくれる 消しかす集める手のように
講評 江戸雪審査員
31音、5・7・5・7・7になってないうたの対戦で面白かったです。
『ちぺろん』さんの方は、「このままでいいと君を信じた」という願いの強さにすごく惹かれました。それでも、質問させていただいた「なれるよな」は、やはり「なれるような」ときっちり言ったほうがいいし、その弱さ、そこだけが勝敗を分けたと思います。
『うるぺぎにんじん』さんのうたは、「手のように」と、相手を手のようだといっています。あまり見ない比喩で、そこに友達との親密さのようなものを感じました。相手が誰であるかを明言していないことで、普遍性的な存在をおもわせます。作者の周囲に対する大きな愛情を感じてとても好きなうたでした。
大将戦
先攻:ちぺろん
でも確かに時刻表には載っていない蛹の最期のような夕立
後攻:うるぺぎにんじん
「天才」の微笑み方が思い出せない 表彰状の墨は乾いて
講評 大辻隆弘審査員
大将戦の対戦にふさわしく、どちらもテクニカルな短歌の構造みたいなものをすごく意識をされていて、いかに普通の短歌にしないか、自分の個性的なものを、韻律を含めた文体で導き出せるのかということを考えた、プロフェッショナルな意識を感じる対戦だと思いました。
『ちぺろん』さんの作品は、「でも確かに」という前の文章を受けたかのような複雑な初句、「載っていない」という字余りに合わせた下の句の「夕立」の字余り、さらに「蛹の最期のような」という比喩を重ねる等、趣向を凝らした歌で、詠む側の想像力を喚起し考えることのできる楽しさを与える、そういった一首だと思いました。
『うるぺぎにんじん』さんの歌は、「天才の微笑み方」って何だろう、「表彰状の墨が乾く」ってどういう関係があるんだろうか、と、見たときにとても面白くスリリングな飛躍があるように感じて、天才的なつけあわせ方だなと思ったんです。でも、自分がかつて天才であった頃の賞状の墨が乾いて、という説明を聞いてスリリングさがなくなってしまったような感じがして少し残念でした。それでも表彰状の墨が乾くという即物的な描写を歌の一番の決め手である下の句に持ってきているところに力があるなと。作品から感じ取れる散文と韻文に対する文学感がすごく高度だなと思いました。
とてもテクニカルで楽しめた対戦でした。