2016年6月24日
古代中世部会では、6月21・22日の両日、長谷寺・小鴨神社・定光寺(以上倉吉市)で資料調査を行いました。
このうち、長谷寺の調査では、中世の梵鐘や戦国期に奉納された絵馬群の銘文について原本調査を行いました。
小鴨神社では、寛正2年(1461)の年号銘を持つ扁額(へんがく)について、専門家と一緒に木材の材質や産地、作成時期等について検討しました。
また、定光寺では、南条一族の宝筺印塔に刻まれた銘文の拓本取り等を行いました。その結果、これまで確認できなかった銘文が新たに見つかるなど、多くの成果がありました。
これらの調査の成果は、今年度刊行予定の『新鳥取県史資料編 古代中世2 古記録編』に反映させたいと思います。御協力いただいた皆様にあつく御礼申し上げます。

(写真1)長谷寺本堂

(写真2)定光寺での拓本取りの様子
県史編さん室
公文書館 2016/06/24
in 県史編さん室,調査
2016年6月20日
平成28年6月20日(月)、公文書館会議室で『新鳥取県史資料編 近代6 軍事・兵事』に係る資料検討会を開催しました。
検討会では、主に掲載予定の資料と口絵写真について議論しました。

(写真1)資料検討会の様子

(写真2)口絵写真選定の様子
県史編さん室
公文書館 2016/06/20
in 会議など,県史編さん室
2016年6月9日
平成28年5月31日(火)、第1回近世部会・史料検討会を開催しました。
会議では、29年度刊行予定の『因幡編』、30年度刊行予定の『地誌編』のスケジュールなどを協議し、史料検討会では、『因幡編』へ掲載する史料の選定を行いました。

近世部会での協議の様子
県史編さん室
公文書館 2016/06/09
in 会議など,県史編さん室
2016年6月6日
平成28年6月2日(木)、鳥取県庁のとっとり創生若手タスクフォースのメンバー6人が県史編さん室を訪問されました。
「地域資源を活かした魅力あるまちづくり」をテーマに活動を行っていく第一歩として、原始古代から現代までの鳥取県の歴史からこの地域の特色を学びました。

勉強会の様子
県史編さん室
公文書館 2016/06/06
in 県史編さん室
2016年6月1日
平成28年5月30日(月)、西部総合事務所(米子市)で今年度の第1回民俗部会を開催しました。
平成28年度事業の進捗状況について報告し、協議では、主に民俗編等の成果の活用方法、今後の編さん方針等について議論しました。

民俗部会での協議の様子
県史編さん室
公文書館 2016/06/01
in 会議など,県史編さん室
2016年5月26日
平成28年5月14日(土)、公文書館で第1回現代部会を開催しました。
平成28年度刊行予定の『軍事・兵事編』の編集状況と、平成30年・31年刊行予定の『政治行政編』『社会経済文化編』の調査状況について報告しました。
協議では主に、GHQ軍政レポートの翻訳手順や今後の編さん方針等について議論しました。

現代部会での協議の様子
県史編さん室
公文書館 2016/05/26
in 会議など,県史編さん室
2016年5月25日
平成28年5月17・18日の2日間、近世部会は、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で「石見亀井家文書」の調査を実施しました。
亀井家は、天正9年(1581)に家祖茲矩(これのり)が因幡国鹿野城主(鳥取市鹿野町)となり、その子政矩(まさのり)も、石見国津和野(島根県鹿足郡津和野町)へ転封となる元和3年(1617)まで鹿野を治めました。
今回の調査では、平成29年度の『因幡編』刊行に向けて、慶長期(1595~)から元和3年までの史料の閲覧・写真撮影を行いました。
御協力いただいた関係者の皆様へ、厚く御礼申し上げます。

調査の様子
県史編さん室
公文書館 2016/05/25
in 県史編さん室,調査
2016年5月20日
古代中世部会では、5月7日(土)に倉吉市の定光寺で資料調査を行いました。
秋山伸隆部会長をはじめ、計7名の調査委員と事務局が参加し、県指定文化財となっている同寺所蔵の尼子経久肖像画や古文書類、また南条一族の宝筺印塔等の原本調査を実施しました。
御協力いただいた住職様をはじめ関係者の皆様にあつく御礼申し上げます。

(写真1)定光寺本堂

(写真2)定光寺庫裡での調査の様子

(写真3)南条一族の宝筺印塔
県史編さん室
公文書館 2016/05/20
in 県史編さん室,調査
2016年5月17日
平成28年5月6日(金)、平成28年度 第1回 古代中世部会を公文書館会議室で開催しました。
会議では、平成29年3月刊行予定の『新鳥取県史 資料編 古代中世2 古記録編』の構成・分類・配列などについて協議しました。

古代中世部会での協議の様子
県史編さん室
公文書館 2016/05/17
in 会議など,県史編さん室
2016年4月28日
現代部会ではこのたび、昭和17年に建設が進められた戸倉峠(若桜町)の軍用トンネル跡の調査を行いました。以前何度も調査をしたことのある近代部会田村達也委員の案内で、考古部会高田健一委員ほか1名と、『軍事兵事編』を担当する西村が同行しました。
八頭高等学校郷土研究部が地元の方の聞き取りを中心にまとめた資料によれば、以下のとおりです。
このトンネルは昭和17年に軍事用道路として内務省の管轄下で建設が始まり、19年工事中途で放棄されたものです。昭和31年開通の「戸倉トンネル」(平成7年「新戸倉トンネル」の開通により現在は封鎖)の50~70メートル上方に位置しています。朝鮮人労働者約100人と地元の男女約30人によって掘られ、導坑約430メートルを貫通し鳥取県側の入口は完成。昭和18年からはコンクリート打設が始まり、入口から100メートル地点までは巻立も完成しています。
内部はひんやりとした空気に包まれ、当時のコンクリート壁はそのまま、支保工材である杉丸太も残存していました。入口付近の天井から水が染み出し、大きなひびが認められましたので、崩落の危険性があり、足早に退去しました。
この軍用トンネルは、姫路第10師団がおかれた播磨地方と鳥取との通行、物資運搬を容易にするために建造られたものと推察されますが、当時の記録が残っておらず、建造の経緯や途中で放棄された理由などは分かっていません。

(写真1)旧戸倉トンネル脇の急斜面を50~70メートルを上りきったところ現れる軍用トンネル入口

(写真2)トンネル内部は高さ約4メートル、幅約6メートル

(写真3)トンネル奥は狭くなり、所々にコンクリートの木組みを外した跡があった

(写真4)内部から鳥取側入口方向をみたところ。
外の土砂が崩落し入り込んできている
県史編さん室
公文書館 2016/04/28
in 県史編さん室,調査