男女共同参画推進員として活動した平成15年度1年間の所見を発表します。
1 大田原俊輔 推進員
ア 非常にわかりにくい制度
二代目の鳥取県男女共同参画推進員になり、1年が経過した。最初にこの「推進員」の話が前任者の西村正男弁護士から振られた際、脳裏をよぎったのは、「鳥取県食生活改善推進員連絡協議会」のイメージである。これも知る人ぞ知る団体であるが、こっちは、「私達の健康は私たちの手で」を合言葉に、お隣さんお向かいさんとの食生活を通じて地域住民の健康づくりの担い手として、その時代に求められている問題を活動の拠点とし、ボランティア活動を実施しているのだそうである。同じように、男女共同参画に関するボランティアを実施するとばかり思い込んでいた。はっきりいって私自身、この鳥取県男女共同参画推進員制度のことを誤解していた。「推進員」の名称から、あちこちに出向いて推進活動を行う県のマスコットのような存在を連想してしまったのである。現実に「推進員」の仕事の内容を聞いたとき、「苦情処理委員」「第三者機関」といった性格のものであることを初めて理解した。誤解を恐れずに言えば、鳥取県男女共同参画推進員制度は裁判所の調停委員と政府の法制審議会が合体したような制度であった。恥ずかしながら、法律の専門家である弁護士でありながら、制度の名称からはその内容がさっぱり分からなかった。しかし、これは単に私がとぼけているのではなく、制度の内容を説明されたことのない県民にとって、共通に生じる誤解であると考える。
また、そもそも「男女共同参画社会の実現」という言葉を聞いても、普通の人はさっぱりイメージが湧かないのではないか。だいぶ社会に言葉が浸透してきたとはいえ、この言葉を聞いて具体的なイメージは思い浮かばない人がほとんどと思われる。ちなみに、鳥取県男女共同参画条例のもととなる「男女共同参画社会基本法」(平成11年)が制定された国際的背景を見ると、女子差別撤廃条約(平成60年)が存在する。これは、「差別禁止」との表現である。「男女共同参画社会」の定義は、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参加する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」とされるが、このような社会を目指すのであれば、「差別」を定義しその類型を具体的に明示することの方が、分かりやすかったのではないかと考える。しかし、日本のどの法律を見ても分かるように、実は日本の既存の法体系の中に「差別禁止法」という概念は一般的に取り入れられていない。「男女共同参画社会基本法」の名称からも分かるように、日本の法制には「基本法」が多い。「基本法」というのは、国政の重要な分野について国の政策についての基本方針を明らかにするという性質のものであり、その性質上、国民の「権利・義務」について規定しないものである。この立法形式の欠点は、国民が直接「基本法」によって権利を与えられていないことから、「差別」が起きた場合、不法行為としての面倒な権利侵害性の主張・立証を行わない限り裁判所での救済を求めることができないという点にある。また、差別についての明確な判断基準がないことから、結果が裁判官の感覚次第になってしまうこともあげられる。しかも、裁判でできることは損害賠償で金を払わせるだけであり、差別自体を直接止めさせることはできない。なぜ、「男女平等」や「女子差別撤廃に関する法律」ではいけないかというのが、勉強不足との批判を受けるかも知れないが、この仕事に携わるにあたっていつも心に引っかかる疑問点である。この観点から、鳥取県男女共同参画推進員制度の運用にあたっては、このような法形式の欠点を補うものとして、どこまで使えるのかということに大いに関心がある。
イ 鳥取県男女共同参画推進員制度の存在意義について
実は、もともと男女共同参画社会基本法自体にも、このような現実の不備を何とかする必要があるという視点は盛り込まれていて、その対策が、法17条の「国は・・・苦情の処理のために必要な措置・・・人権が侵害された場合における被害者の救済を図るために必要な措置をとらなければならない。」の規定である。この法17条の規定と法9条の「地方公共団体の責務」とが関連した結果生まれたのが、条例の一部としての鳥取県男女共同参画推進員制度であると理解している。
この推進員制度は、具体的な個別の救済制度ではないが、全国的にも救済規定が整備されていない状況の中では、少なくとも鳥取県がおかしな制度を作ったり運用をしているときに、かなりの権限をもってこれを改めさせることができる点で、比較的優れたものであると、推進員制度の運用者として自信を持っている。
残念ながら、昨年12月の条例の改正の議論においては、この権限の強さが実態以上に大きく見られ誤解されたため、誤った運用をすると推進員による勧告の強制力を弱めることに繋がり兼ねない文言が挿入されるに至ったが、申し合わせにより、そのような解釈はしないことの確認ができたことは幸いであったと考える。
ただ、この推進員制度を運用していく際に、上記の裁判について述べたと同様に、「差別」等についての規定がないことから、結局のところ我々個人の価値判断に準拠しての法や条例の解釈に基づいた意見を提示することにならざるを得ない。したがって、出した結論についての判断に納得しがたい立場の運動論からは、推進員である個人一人ひとりの人格的価値観に対するいわれのない誹謗中傷が生じることがあることも、この1年で実感した。もちろん個人的な法や条例についての解釈を基準にせざるを得ない原因は、前述したように、個人の主観に依拠することのないような、より明確なガイドラインが法律のレベルで存在しないことにあるのは言うまでもない。
私の場合、弁護士という立場であることのみを理由に、リベラルで極端なジェンダーフリー思想の持ち主と決め付けられているような記事も拝見した。日本弁護士連合会の人権擁護委員会の副委員長をこの2年務めている事実が明らかになっていたら、「人権屋」としてさらに決め付けがひどくなっていたのではないかと思われる。
しかし、「差別」の根本にあるのは、このような決め付けであり、固定観念に疑念を呈するものを集団で排除する思想である。推進員制度で扱うのは、「差別」にまで至らない、男女共同参画社会推進の観点からみると不適切というレベルのものがほとんどであるが、その場合でも背景は一緒である。「人権感覚」というのは、本来、極端を避ける感覚である。対立する利益や色々な事情を十分考慮した上で、ただ現状から「あと一歩」男女共同参画社会の実現に近づいていくには、どのような結論にすべきか、と議論しているのであるが、このあたりの感覚をどのように将来発することのある「勧告」の場合に表現していくかということが、難しい課題である。
2 友松和子 推進員
「推進員・この一年」
推進員を任命され、「鳥取県男女共同参画推進条例」を何度も読み返し、全国に先がけて本県が制定したこの条例を誇りに思い、与えられた職務の重大さに身の引きしまる思いで、この一年がスタートしました。
本年度に申出があり処理した四件は、いずれも県と県の関連機関から出された広報物(ちらし・ポスター)です。県の担当者は、男女共同参画推進条例についても、鳥取県行政広報物ガイドラインについても認識はありました。
しかし広報物には発行の目的と対象があり発行者は効果的な表現をします。また県の担当者と発行者の間で検討の不十分さもありました。そこに男女共同参画の視点が欠けているのではないかというのが問題点でした。
これらの広報物に対し、県民から申出があったということは、広報物が多くの人の目にふれ、与える影響が大きいと言うことです。日常目にし耳にする表現の中に、意識的に男女共同参画社会を進める視点を持つことが、とても大切であると信じます。
この一年間、よりん彩出前講座や種々の催しに出席し、参加者が男女共同参画社会の実現を目ざし努力している様子を感じることができ、心強く思いました。一方、知事との懇談会、県議会議員との話し合いを通じ、県条例の重要さを再認識し、条例によって定められたこの推進員制度の責任と限界を知らされました。
今後も、県の施策に対する県民からの疑問や要望などを受け、現状に甘んじることなく前向きに取り組んで行きたいと思っています。
3 波多野和雄 推進員
「男女共同参画社会を目指して
昨年4月来この男女共同参画推進員に任命され、4件の申し出についての処理を行なった。いづれもチラシ、ポスター等という県民への啓発内容を伴う広報物への苦情であった。その間、自分自身の「男女共同参画」への認識を深める事を基とし、この推進員制度の重要性を自己に言い聞かせながら来た。
1999年成立の「男女共同参画社会基本法」では国や各自治体が必要な施策をとることが求められ、男女共同参画社会づくりを推進することは、今日ではいわば国是となっている。
鳥取県では、先進県としていち早く男女共同参画推進条例が制定され、同時に推進員制度が設置された。しかしながら、以前から存在するジェンダー規範は一朝一夕になくなるものではなく、「あたりまえ」とみなされている性別意識の多くは男女共同参画社会づくりへの最大の障壁因子となると思われる。だからこそ、行政が行う啓発活動は、大変重要な意味をもち、より充実した内容のものとなるよう望まれる。
一方こうした流れに対して、男女共同参画社会づくりを批判し警戒する動きが強まってきた。いわゆる「バックラッシュ」であり、一部のマスメディア等による男女共同参画社会批判の論調は強い。その批判は大声で荒々しく異を唱えにくい雰囲気になっているが、国際社会の動きやこれからの日本社会における男女平等への意識変化に取り残されていくように感じる。
男女共同参画社会の実現を目指すことは、一人一人が、男女の性別をこえて人として、個性や能力を十分に発揮できる機会があり、だれもがいきいきと暮らせる社会、これは、個人が性別、年齢、出身地とか障害の有無などにとらわれず、家庭、職場、地域社会の中で生きがいを持ちながら暮らせる社会のはじまりを目指すものである。
あと1年の残任期間があるが、この推進員制度を活用した男女共同参画社会づくりへの有効的な活動が出来るよう願う所である。
4 山口とも子 推進員
「“男女共同参画の県づくり”を進めよう」
男女共同参画社会の形成の促進に関する施策は、家庭、職場、学校、地域社会と非常に広範囲に及びます。
進んだ取り組みがなされている鳥取県ですが、このような生活全域にかかわる広い範囲での推進を、行政の努力のみに期待するばかりでなく、県民の「気づき」を施策に反映させていく苦情処理制度(推進員制度)は、推進を加速するのみでなく、自らが「男女共同参画の県づくり」を進めようという意識を譲成し、民主主義の活性に役立つとされる貴重な制度です。
県の条例に基づいたこのような制度のなかで推進にむけて仕事ができることは、私自身の新たなスタートとして捉え、いっそうの研鑚をつんでいく所存でお受けしました。
しかし、この制度の認知度は、残念ながらまだまだ低いと思います。15年度の苦情は続けて4件が広報物についてでした。チラシやポスターの表現が固定的性別役割分担意識を助長しているとの苦情ですが、その処理への反響があったことで、ようやく苦情処理制度があるということが、多くの県民に周知される契機となったと思います。
異論や、反論については男女共同参画の意識の普及と関連があり、今後、意識啓発の取り組みが広範囲になされていくなかで話し合われ解決されていくことに期待しています。
苦情処理をもって男女共同参画を推進するに当たっては、県民の意識の中で誤解を生むことがないよう、ゆっくりとしかし着実にと考えています。
16年度には、推進員制度も4年目を迎えます。条例施行と同時に開設された「よりん彩」と各市町村との連携が進み、より一層の県民の意識啓発への取り組みがなされていけば制度も有効に活用されると期待しております。