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日本最初の歴史書「古事記」には、大和朝廷が諸国に鳥を捕らえさせ、これを税として納めるように命じていたという一節があります。そして、当時、鳥取平野には、沼や、沢の多い湿地帯で、水辺に集まる鳥などを捕らえて暮らす狩猟民族が住んでいました。これらの人々が、大和に政権ができてからその支配体系に組み込まれ、「鳥取部」として従属するようになり、そこからこの地の呼び名「鳥取県」が生まれたとされています。これはほんの一例で、鳥取県には、素晴らしい伝統文化や豊かで美しい自然とともに、神話から続く伝説や地元で代々語り継がれる昔話、逸話がたくさん残っています。その地にまつわるお話は、その地の風土、歴史や文化をよりよく知る手掛かりになります。
  

投入堂

投入堂 役行者(えんのぎょうじゃ)というひとがいます。奈良時代の修験者です。ある日、三弁のハスの花を空中に投げあげ、仏教ゆかりの聖地に落ちよと祈りました。行者はスーパーマン、できないことはありません。花びらの一つは伯耆の国の三徳山(みとくさん)に落ちました。

 行者は小さい堂を作らせ、それを持って山上に登り、岩窟めがけて「えい、やっ」とばかり投げ入れました。堂は、きちんと収まりました。これが、金剛蔵王大権現の納まる三徳山、奥の院の投入堂であります。