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殺傷痕が見られる多数の人骨は、何を物語るのか?

 青谷上寺地遺跡から散乱状態で見つかった100体を超える人骨。そのなかに見られる多数の傷ついた人骨。一体何を物語っているのでしょうか。
 一緒に出土した土器から弥生時代後期後半、西暦2世紀代のものと考えられ、『魏志倭人伝』に伝える「倭国乱」との関わりが取りざたされていますが、そうと決めるにはさらに証拠を積み重ねる必要があります。
 人骨自体は掘り起こされた可能性があるので、散乱状態という特異な出土状況と傷があることは分けて考えた方がいいようです。
 武器と考えられる出土品でも、鏃は狩猟用と区別しにくいですし、盾も薄いので本当に実用品かどうか悩ましいところです。
 弥生時代の戦いは不明なことが多いように思われます。

銅鏃が刺さった骨
青銅製の鏃が刺さった骨盤の一部。斬りつけられた痕も見られます。
頭蓋骨
眉間に何かが刺さった痕跡を持つ頭蓋骨
石製武器
鏃や剣と考えられる石製の武器類。割れ口の鋭いガラス質の石を使っています。