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稲作・漁労を営みながら、海を介して交易を行っていた港湾集落と考えられます。

青谷上寺地遺跡は弥生時代前期末(約2200年前)から古墳時代前期初め(約1700年前)にかけて存在しました。弥生時代中期後葉(約2000年前)になって、大規模な護岸施設が作られたり、出土品の量も増えることから、この時期に集落の拡大があったと考えられます。
 これまで調査した範囲内では住居跡や墓は見つかっておらず、遺跡の全体像については不明な点も残されています。
 出土品は数万点にのぼり、奇跡的に残った「弥生人の脳」や高い技術を示す木製容器、海外からもたらされた鉄器などのほか、戦いによって傷ついたと考えられる「殺傷痕人骨」も注目されています。

平成20年3月28日に国指定史跡となりました。

遺跡中心部付近で発見された主な遺構(青色は入り海の推定範囲)
青谷上寺地遺跡の概要

弥生人の脳(提供:鳥取大学医学部機能形態統御学講座形態解析学分野)
弥生人の脳 

木製品
動物が描かれた琴 
謎の動物が描かれた琴の側板