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美術

菅楯彦

計 9枚  各 100円 

■菅 楯彦 (すが・たてひこ) 1878年~1963年

 鳥取市に生まれ、大阪で活躍した菅楯彦は、近代の大阪を代表する日本画家の一人です。
 楯彦は特定の氏を持たず、公募展とも距離をおき、生涯を通じて「市井の絵描き」として制作を続けました。その作品は軽妙洒脱であるとともに国学や有職故実などの教養が反映されている点においても注目されます。 美しい線描の名手として知られる楯彦は復古大和絵調の作風や墨の濃淡のみで描く影絵などを得意としました。なかでも消えゆく大阪の風情を描記した「浪速風俗画」は他に類を見ない楯彦独特の表現として広く人気を博しました。
 そして1958年に日本画として初めて日本芸術院恩賜賞を受賞し、1962年には初代大阪市名誉市民に選ばれました。
阪都四つ橋
 草花図小屏風 福女うすひく 
阪都四つ橋 菅楯彦 

 草花図小屏風 菅楯彦
福女うすをひく 菅楯彦

 菅楯彦 筆
昭和21年 鳥取県立博物館蔵
 菅楯彦 筆
鳥取県立博物館蔵
 菅楯彦 筆
個人蔵
  舞楽胡蝶
汝陽王逢麹車 
 大漁祝図
 舞楽胡蝶 菅楯彦
 汝陽王逢麹車 菅楯彦
大漁祝図 菅楯彦 
 菅楯彦 筆
昭和37年 鳥取県立博物館蔵
 菅楯彦 筆
昭和4年 倉吉博物館蔵
 菅楯彦 筆
鳥取県立博物館蔵
謙信殺到川中島
   焼芋屋 神倉秋景

謙信殺到川中島 菅楯彦

 
 

焼芋屋 菅楯彦

 

神倉秋景 菅楯彦

 菅楯彦 筆
鳥取県立博物館蔵
 菅楯彦 筆
昭和38年 倉吉博物館
 菅楯彦 筆
昭和37年 鳥取県立博物館蔵
 
  

生誕100年 彫刻家 辻晉堂

計 4枚  各 100円 

■ 辻晉堂(つじ・しんどう) 1910年(明治43年)~1981年(昭和56年)

 鳥取県日野郡二部村(現・伯耆町)二部出身。
 1931年の上京以降、洋画を独立美術研究所で学び、その後彫刻に転じて日本美術院展に出品、1942年には院展最年少の同人となる。戦前、戦中は木彫を中心に制作、モチーフに鋭く迫る写実表現は平櫛田中らの高い評価を得た。1949年に京都市立美術専門学校(現京都市立芸術大学)の教授として京都に赴任して以降は抽象的な造形へと向かい、さらに1955年頃からは抽象度の高い独自の陶彫作品を精力的に発表した。陶土を焼くことで生まれる大胆な表現は、従来の彫刻とは異なる新しい造形理念を開拓しようとするものとして注目を浴び、1958年の第29回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本代表の一人に選ばれ、《寒山》 《沈黙》などを発表、国際的な評価を受けた。 
村の男
坐像
寒山
村の男
 坐像


寒山

辻晉堂
1941年 鳥取県立博物館蔵
木彫 116×69×64cm
辻晉堂
1952年 鳥取県立博物館蔵
白セメント 108×43×50cm
辻晉堂
1958年 鳥取県立博物館蔵
陶彫 112×84×28cm
 拾得
ポケット地平線3.

拾得

ポケット地平線3.


辻晉堂
1958年 鳥取県立博物館蔵
陶彫 120×83×32cm
辻晉堂
1965年 鳥取県立博物館蔵
陶彫 38×98×9cm

   
 
  

因幡画壇の奇才 楊谷と元旦

計 4枚 各 100円  

■ 片山楊谷(かたやま・ようこく) 1760(宝暦10年)~1801(享和元年)
 長崎に生まれ、幼い頃に両親を亡くし、絵筆を携えて諸国を巡歴。鳥取に訪れた際、鳥取藩西館の池田冠山にその画技を認められ、鳥取藩士の片山家の家を継ぐことになる。
 その後も長崎風の異国的な作風で京都などでもその名を知られた。その風貌や酒豪に関する多くの逸話が残る、伝説的な部分の多い人物。
花王獣王図
菊慈童・花鳥図
花王獣王図 片山楊谷
 菊慈童花鳥図 片山楊谷 

片山楊谷 筆
江戸時代 鳥取県立博物館蔵
片山楊谷 筆
江戸時代 個人蔵
 
  
■ 島田元旦(しまだ・げんたん) 1778(安永7年)~1840(天保11年)
 江戸後期を代表する文化人・谷文晁の弟として生まれる。幼い頃兄に不勉強を諫められ、京に出て円山応挙についたと伝えられる。寛政11年(1799)22歳で蝦夷へ向かい、幕府の調査隊の一員として活躍。その後、鳥取藩江戸留守居役を勤める島田家の養子となり、五百石を承け、藩務の傍ら作画を続けた。
花鳥図
秋景山水図
花鳥図 島田元旦
秋景山水図 島田元旦

島田元旦 筆
江戸時代 鳥取県立博物館蔵
島田元旦 筆
江戸時代 個人蔵
  
  

沖 一峨

計 8枚  各 100円 

■沖 一峨(おき・いちが) 1796(寛政8年)~1855(安政2年)
 江戸に生まれる。 本名は児玉貞蔵、字は子仰、通称は渕泉、探三斎と号し、晩年は静斎と称した。 天保8年、鳥取藩絵師沖探容の養嗣子として沖家に入り、天保18年5人扶持、30俵にて7代を継いだ。 養父探容と同じ鍛冶橋狩野家探信守道に学び、さらにやまと絵、文人画、琳派、長崎写生派の画法をも取り入れて一家を成した。
 特に尾形光琳、酒井抱一の風を慕い、濃彩で優雅な草花図傑作をのこした。
 また浮世絵にも興味を抱き、幅広い画境をしめした。 
家翁西京舞妓図
業平・草花耕作図(春)
業平・草花耕作図(秋)
家翁西京舞妓図
 業平・草花耕作図 (春)
業平・草花耕作図(秋)
沖一峨 筆
江戸時代 鳥取県立博物館蔵
沖一峨 筆
江戸時代 個人蔵
沖一峨 筆
1969年 鳥取県立博物館蔵
四季草花図(右幅)
四季草花図(左幅)
白梅墨竹図衝立
四季草花図(右幅)
四季草花図(左幅)沖一峨
白梅墨竹図衝立 
沖一峨 筆
江戸時代 個人蔵
沖一峨 筆
江戸時代 個人蔵
沖一峨 筆
江戸時代 個人蔵
  
風竹図屏風(右隻)
月夜山水図襖

風竹図屏風(右隻)
 月夜山水図襖


与謝蕪村 筆
江戸時代 鳥取県立博物館蔵
石谷コレクション
曽我簾白 筆
江戸時代 鳥取県立博物館蔵
石谷コレクション
  
  

郷土の洋画家 伊谷賢蔵

計 8枚 各 50円 セット(8枚入) 350円

 ■ 伊谷賢蔵(いだに・けんぞう) 1902年(明治35年)~1970年(昭和45年)
 鳥取市に生まれる。 京都高等工芸学校図案科を卒業後、同校研究科と関西美術院で本格的に 洋画を学んだ。 在学中より二科展をはじめとする各種の展覧会に出品、入選を重ね、画家としての地歩を築く。 その後は、従軍画家としての北支戦線派遣、数度にわたる中国旅行、戦後の中南米旅行などの体験をもとに、重厚かつ伸びやかで、民衆の生活感や生命力を感じさせる作品を描き続けた。 昭和20年には向井潤吉らと行動美術協会を創設し、画家が時流に流されずに描き、発表していくことの必要性を世に問いかけた。晩年は京都学芸大学、京都精華短期大学の教授として後進の育成にあたるとともに、関西画壇の重鎮として活躍した。
クスコの朝市
下鴨の森
公園の一隅
クスコの朝市
下鴨の森
公園の一隅
伊谷賢蔵
1968年 鳥取県立博物館蔵
第23回行動美術展出品作品。1962年に旅したペルー南部の町クスコの思い出をもとに描かれている。
伊谷賢蔵
1930年 鳥取県立博物館蔵
京都市左京区にある下鴨神社の森を描いた作品。伊谷はこの風景を大変好み、同じアングルからの作品を何点も描いている。
伊谷賢蔵
1931年 鳥取県立博物館蔵
第18回二科賞受賞作品。
後年、伊谷は優れた群像図を数多く描いているが、本作品はそれらの先駆けとなるものである。
新穂高より
風景
裏大山晩秋
 新穂高より
 風景
裏大山晩秋
伊谷賢蔵
1969年 鳥取県立博物館蔵
1969年の、奥飛騨・立山方面への取材旅行ももとに描かれた作品。
華やかな色彩と、ひろびろとした空間描写が魅力的である。
伊谷賢蔵
1925年 鳥取県立博物館蔵
既存する伊谷の作品の中では、
最も初期にあたる作品。
伊谷の画風を特徴づける赤褐色の
色彩が、この作品にはすでに現れている。
伊谷賢蔵
1969年 鳥取県立博物館蔵
大山南壁の姿を、紫色と茜色を基調にし、晩秋の陽光のもとに描き出している。大山は晩年の伊谷の主要なモチーフであった。
 罌栗と裸婦/伊谷賢蔵  万年山早春/伊谷賢蔵  

 罌栗と裸婦

 万年山早春

 
伊谷賢蔵
1952年 鳥取県立博物館蔵
第7回行動美術展出品作品。
大胆にデフォルメされた形態と、前景から後景に向けて次々とモチーフを重ねた構図が特徴的である。
伊谷賢蔵
1968年 鳥取県立博物館蔵
第8回毎日現代日本美術展出品作品。
大分県にある独立峰、万年山を描いたもの。空と山の鮮やかな色彩対比が美しい。
 
    
  

前田寛治とゆかりの画家たち

計 8枚 各 50円 セット(8枚入) 350円

■ 前田 寛治(まえた・かんじ) 1896(明治29)~1930(昭和5)
 北条町国坂に生まれる。中井金三に受験の指導を受け、東京美術学校に入学。
大正9年、「砂丘社」創立に加わる。 大正11~13年のフランス留学中、「質感・量感・実在感」を要件とした独自の写実論を構築する。帰国後、最初の帝展で特選を受賞。
 以後、帝展で受賞を重ねる。 一方、大正15年留学中からの仲間と結成した一九三〇年協会では、 新写実論を実証した作品を発表していく。これらの作品は広く支持され、“前寛ばり”と呼ばれる追随者があらわれる。昭和4年帝展審査員に抜擢され、「海」が帝国美術院賞受賞。 翌年33歳の短い生涯をとじる。
棟梁の家族
少女と子供
横臥裸婦
棟梁の家族
少女と子供
横臥裸婦
前田寛治
1928年 鳥取県立博物館蔵
第4回1930年協会洋画展出品
群像を描いた寛治の代表作
前田寛治
1927年 鳥取県立博物館蔵
第8回帝国美術院展覧会出品
子供を描いた寛治の代表作
前田寛治
1928年 鳥取県立博物館蔵
第3回1930年協会洋画展出品
薄く描かれた裸婦像の傑作
マリーヌの記念
モンマルトの風景
まどろむ女

マリーヌの記念

モンマルトルの風景

まどろむ女

里見勝蔵
1924年 鳥取県立博物館蔵
滞仏中、パリ郊外のマリーヌを描いた作品
鈴木千久馬
制作年不詳 鳥取県立博物館蔵
日本的フォーヴと言われ、淡白な味わいを持つ作品
ギュスターヴ・クールベ
1852年 鳥取県立博物館蔵
裸婦作品の中で初期に位置する作品
オーヴェールの教会  テレサの像  

オーヴェールの教会

テレサの像

 
 佐伯祐三
1924年 鳥取県立博物館蔵
一度目の滞仏中に描いた作品
 小島善太郎
1923年頃 鳥取県立博物館蔵
滞仏中の恋人テレサを
描いた作品
 
 
  

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