タイトル

ギャラリー

内裏雛の写真
内裏雛
 お内裏様:幅8.6cm×奥行5.2cm×8.5cm
 お雛様:幅6.8cm×5.2cm×6.1cm
風神・雷神の写真
「風神」(右)幅4.3cm×奥行3.9cm×高さ7.3cm
「雷神」(左)幅4.5cm×奥行4cm×高さ7.1cm

竜宮猫の写真
「竜宮猫」
幅4cm×奥行4.5cm×高さ6cm
おとん女郎と桂蔵坊の写真
「おとん女郎」(右)(幅4.1cm×奥行4.2cm×高さ8.4cm)
「桂蔵坊」(左)(幅4cm×奥行3.4cm×高さ7.2cm)
打吹童子の写真
「打吹童子」(幅8cm×奥行5cm×高さ7cm)
おとん女郎
気高郡立見峠の狐、恩人の為に女郎に化け、大金を
贈って恩に報いたという事です。

桂蔵坊
鳥取のお城に居て殿様のお使いをした狐。
早足で鳥取、江戸間を三日三晩で往復したそうです。

打吹童子
羽衣を得て昇天する母を慕い山上で笛を吹き鼓を
うって母を呼んだいわれる打吹山(倉吉市)
の伝説の主。

湖山長者の写真
湖山長者(幅5.4cm×奥行4.5cm×高さ8cm)
山陰本線湖山駅のほとり鳥取大学の影をうつす湖山池は、もと湖山長者の田地でした。
或る年、未だ田植の終わらないのに日が暮れようとします。長者は金扇を開いて夕日を呼び返しました。
無事田植はすみましたが心驕った罰で、さしも広大な長者の美田も一夜にして池となったといわれます。
おたねの写真
おたね(幅4.3cm×奥行4cm×高さ7.3cm)
鳥取市宇部野宮の下の長者の家に多禰という評判の下女がいました。何か食べたいといいますと多禰は柿の実を持って帰りました。毎度の事に不思議に思った下男が或る夜あとをつけますと砂丘の多鯰ヶ池に来て小島に泳ぎ渡り、柿の木に上って柿を取っています。その姿が蛇体でした。本性を見られた多禰は、そのままとどまって池の主となりました。
三徳美女の写真
三徳の美女(幅3.8cm×奥行4.2cm×高さ7.8cm)
昔伯耆の霊場三徳山に一人の修行僧がいました。
後白河法皇の皇子だったそうです。里の美しい娘と恋をしました。平家追討の命を受けた皇子は都に上って帰りません。娘は豆腐をつくりながら、いつまでもいつまでも待ちました。
櫛名田比売の写真
櫛名田比売(幅3.5cm×奥行3.4cm×高さ8.2cm)
国土の神、足名椎、手名椎の娘、高志の娘、高志の八俣ノ大蛇に喰べられ様とするところを須佐ノ男命に救われました。
東郷池の河童(前側)東郷池の河童(後ろ姿)
東郷池の河童(幅3.5cm×奥行4.8cm×高さ5.9cm)
河童に田圃の水口を止められて困った松崎の五助さんは娘を嫁にと約束して水を貰いました。末娘が嫁ぐ事になりましたが、池の底は泥んこで嫌だから好きな瓢箪を一杯敷いて頂戴と言う。瓢箪は敷いても敷いても浮いてしまい、草臥れはてた河童は「マアかなわんけ、嫁に来てごさあでもエゝけ」怒って何処かへ行ってしまいました。以来東郷池に河童は居ないそうです。現在もいません。     

(お話は付属の解説書より抜粋)

工房

 鳥取県の真ん中を流れる天神川の河口近く、北条砂丘が広がる農村地帯に工房があります。北條土人形は一般的には「れんべい人形」と呼ばれています。
 鳥取県中部に伝わる土人形の歴史は古くからありましたが、人形作りに携わる人は時代の流れとともにいなくなりました。
 終戦後に中国から引き上げ、民話や神話、伝説、民謡など身近で親しみのある素材をデッサンして人形を作るようになり、その種類も優に百を超えるようになりました。今でも、石膏の型作り、成型、素焼き、絵付け、箱詰めまでの工程を一人で行っています。

北條土人形(ほうじょうつちにんぎょう)
 加藤廉兵衛(かとうれんべえ)

  • 終戦後、土人形を再興
  • 昭和61年、鳥取県伝統工芸士認定
匠・加藤廉兵衛

平成24年9月19日に死去されました。
(享年96歳)
                                                                                                

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