平成十五年四月から始まった青谷上寺地遺跡の連載も今回で記念すべき百回目を迎え、最終回となりました。この連載は、調査研究の最新情報を交えて出土品から見た弥生時代の生活文化や遺跡の性格など、青谷上寺地遺跡のことを多くの方に知っていただくための貴重な場でした。

ご承知のとおり、青谷上寺地遺跡では「地下の弥生博物館」と呼ばれるほど多種多様の遺物が発見されました。丘陵上の遺跡では腐って残らない木製・骨角製の生活用具も良好な保存状態で出土しています。精美な木製容器や華麗な文様が彫られた骨角製装飾品を見ると、その匠の技に感嘆せずにはいられません。また、遺跡をとりまく多数の溝や護岸施設は、水害に合いやすい環境に暮らした人々と自然との格闘の歴史を物語っています。不安定な立地環境にムラを営んだ理由は、潟湖という天然の良港が存在したからです。青谷にかつてあった潟湖は漁撈活動の場として人々の生活を支え、また青谷上寺地遺跡が交易の拠点として発展する礎ともなりました。九州や中国・朝鮮半島製の鉄製品、中国鏡の破片、北陸産のヒスイ勾玉といった希少な外来品は、日本海沿岸ルートを通じて盛んに交易が行われたことを示しています。青谷上寺地遺跡は二千年前の暮らしを現代の私たちに具体的にイメージさせてくれる稀有な遺跡として重要であり、その大部分は今も地下に保存されています。

そこで、鳥取県教育委員会では、青谷上寺地遺跡を鳥取県の貴重な歴史遺産として未来に引き継ぐために、現在、地域の皆様のご理解をいただきながら、国史跡の指定を目指しています。同時に、地下の遺跡の適切な保存や、整備の方針、活用の具体策などについて基本計画を作成していきます。青谷上寺地遺跡からは、全国にも類例の少ない貴重な遺構・遺物が見つかっています。大規模な護岸施設を伴う溝、その一角に捨てられた卜骨などの祭祀関連遺物、人骨、カゴ、護岸施設に再利用された建築部材など、枚挙に暇がありません。

これだけの情報量をもつ遺跡は全国にも少なく、青谷上寺地遺跡の魅力をあますことなく表現するための史跡整備を実現するためには、青谷上寺地遺跡ならではの新たなアイデアや手法が必要です。また、当時の暮らしや文化を体感していただくための活用策を企画していきたいと思っています。青谷上寺地遺跡の出土品をお手本に匠の技に挑戦する“ものつくり”体験や、卜骨による吉凶占いを通じて弥生人の気持ちに近づくこともできるかもしれません。広く県民のみなさんからもご意見をいただきながら、一緒になって青谷上寺地遺跡の未来像を形にしていきたいと考えています。

弥生時代の青谷上寺地がそうだったように、多くの人が集い、新たな交流が生まれるような整備活用計画の策定を目指し、今後とも、青谷上寺地遺跡の保存・整備・活用にご理解とご協力をいただきますよう、よろしくお願いいたします。

            (鳥取県教育委員会事務局文化課 高尾浩司)

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    【青谷上寺地遺跡の様々な出土品】