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青谷上寺地遺跡の性格は?
 
  青谷上寺地遺跡を特徴づける出土品として、他地域との交流を示すものがあります。古代中国や朝鮮半島製の金属器や、西日本を中心とした国内各地の土器などです。こうしたものは人の動きに伴ってもたらされたと考えられます。人が動けばモノだけでなく技術やさまざまな情報も一緒に動くこととなります。こうした人・モノ・情報の出入りは交易と呼んでいいでしょう。
 遺跡周辺にはかつて入り海が広がっていたと考えられており、海を介した交易が行われていたのでしょう。
 青谷上寺地遺跡では農業や漁業を行っていたことも分かっており、海を介した交易という特定の機能とともに日常的な生活も併せもった集落遺跡であると考えられ、「交易拠点としての港湾集落」と位置付けられます。
渡来系遺物集合

古代中国、朝鮮半島からもたらされた品々。
木を伐採するための鉄斧、ナイフ、貨幣、土器、鏡などがもたらされました。

塩町式土器
中国山地帯との関係を窺わせる土器。三次盆地の塩町式土器と呼ばれるものによく似ています。
卜骨集積
青谷上寺地遺跡で見つかった卜骨を集めおいた状態。2枚一組で重ねてありました。韓国勒島遺跡でも同様の例が知られています。祭祀のあり方という情報のやりとりを示唆しています。