
整肢学園から皆生小児療育センターとなり、当初は入所児においては、訓練重視の体制が組まれ、一週間に3~4回のPT訓練が実施されていた。一ヶ月に一回入所児童の面会日に曜日を振り替え、保護者が訓練室に訓練の様子を見に来られる機会を増やす工夫がなされていた。
外来児童に対しては、一週間に一回もしくは、二週間に一回の割合で訓練がなされていた。内容は、ボバース法・上田法等、筋緊張に対するアプローチを中心に個別訓練を行っていた。
当時の訓練室は、冬は隙間風、夏は大型扇風機で熱風を送りながらの訓練であった。また中二階に張ってあった、大きなキャンディーズのポスターは印象深い。
年に2回(春・秋)に手作りのゴルフ・ボーリング大会を訓練室が中心になって行い、夏には海浜訓練と称して、皆生海岸で海水浴を行うなど、児童と共に楽しい活動も企画してきた。
年々、少子化に伴い障害児が減少している中で、反面障害の程度は重度化し、ベッドサイドでの訓練が増えている。
入所・外来とも障害だけを見るのではなく、生活全般において自立の方法や介助方法等を検討してADLの向上を目指し、病棟、養護学校、家庭、地域へと出かけることも多くなってきた。
また以前は、全て補装具の製作は業者に任せていたが、まずは、ある物や手作りのもので工夫し、必要性を見極めてからより適した物を製作するようにしている。
総合療育センターになり、組織の拡大それにともなって、職員・職種の増大と職員の異動等、目まぐるしく変わっているが、職種間、職員間での報告・連絡・相談といった、より密な連携・連帯が必要になってきている。