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むきばんだの時代

むきばんだの時代

妻木晩田遺跡は弥生時代中期後葉(紀元前1世紀)にムラづくりが始まり、中国の歴史書「魏志倭人伝」に記されている倭国乱の時代(2世紀後半)に最盛期を迎えます。激動の時代を生きた弥生時代の人々の暮らしぶりが、この遺跡には残されています。

倭国乱れる時代とは?

出土人骨西暦178年から数年にわたって倭国に戦乱があったことが「魏志倭人伝」に記されています。この争いは、卑弥呼を女王として擁立することで鎮められたとされています。このときの争いは、どのようなものであったのでしょうか。このなぞを知る鍵が、最近、鳥取県気高郡青谷町の青谷上寺地遺跡で見つかっています。青谷上寺地遺跡では、弥生時代後期後半(紀元2世紀後半)の溝から大量の人骨(約90体以上)が散乱した状態で発見されました。この中には、鋭い武器で刺されたり切られたりした傷跡の残る人骨もあります。また、人骨から性別や年齢を調べた結果、女性や10歳ぐらいの子供も含まれていることがわかりました。
この青谷上寺地遺跡で見つかった人骨は、争いの犠牲者であったかもしれません。とするならば、女性や子供までもまきこまれるような激しい争いがあったのでしょうか。これらの人骨が倭国の戦乱によるものかどうかはっきりとはわかりません。しかし、弥生時代の争いを現代に伝える貴重な発見として、これからの研究が期待されます。