米子港

米子港位置



米子港
所在地 米子市灘町他
港湾管理者 鳥取県
港湾区域の面積 254ha
港湾区域 八尋鼻から315度に引いた線及び陸岸により囲まれた海面中の鳥取県地先部分から漁港区域(離山の西角と湊山の西南角とを結ぶ線内の海面及び新加茂川最下流新加茂橋下流の河川水面)を除いた海面

 

 本港は、県西部弓ヶ浜半島の基部に位置し、中海の内奥であり気象の影響を受けることの少ない天然の良港である。
 港は、慶長年間(1596)米子城内家老横田内膳正が米子港を町民に開放してからにぎわいをみせた。
 江戸時代に入り、米子港からの米輸送は米子城を預かった家老荒尾氏の手によって独自の立場でなされていた。また、日野の鉄の積み出し港であり、幕末には為替が設置された港から加茂川筋にかけて荷物が上下し、西廻り航路、近国の船が多く寄港した。
 明治に入っても、本港は重要視され、港湾の整備が進められた。明治11年には防波堤、物揚場などが築造され、同33年には県費支弁港となり、同31年に港域の拡張がなされた。大正11年には内務省指定港湾にされ、その間相当の修築改良を施したが、市街を貫流する加茂川の洪水による土砂が港内に埋没し、利用面に支障をきたしていた。
 その後、岸壁・堤防などの築造が進み、昭和5年の積入物資量は2,600トン、積出物資量は5,500トンに達し、物資の販路は山陽・中部・四国及び京阪神地方に及んだ。戦後も背後の産業活動の活性化に伴って、その取扱貨物量が増加し、昭和27年には地方港湾に指定された。
 昭和47年11月には、中海地区新産業都市の指定を受け、工業用地の造成とともに、同48年から旗ヶ崎地区に-7.5m及び-6.0m岸壁が建設され、同56年に完成した。  

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