鳥取市内にある放哉ゆかりの地を、ご紹介します。
 
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放哉生誕の地

 鳥取市吉方町2丁目。当時の住所は鳥取県邑美郡吉方町一四五番屋敷。放哉はこの地で生まれた。

句碑

句碑「せきを志てもひと里」の写真 鳥取市立川町1丁目。 従来生誕地であると伝えられていた場所。明治十九(一八八六)年、放哉一歳の時に吉方町の生家から鳥取市立川町一丁目五九番屋敷に転居した。俳句の師であった荻原井泉水の書による「せきを志てもひと里」(原句は「咳をしても一人」)の句碑、「尾崎放哉生誕之地」の石柱が『鳥取文芸協会』により建立されている。

尾崎家跡

 鳥取市立川町4丁目。
 いとこである沢芳衛の一家が大津より引っ越してきたのに伴い、それまで住んでいた立川一丁目の家を沢家に譲り、四丁目の家に移った。

岩田家

 鳥取市立川町1丁目。
 鳥取一中時代の文学仲間 岩田勝市の旧居。勝市は離れにて度々句会を催した。屋敷には鳥取城の廃材が用いられており、現在も当時の面影を残している。

旧尾崎家住宅

 鳥取市栗谷町。
 放哉の義理の兄・尾崎秀美(姉並の夫)が大正一〇年から一二年頃に別邸として建てた。「県民の建物一〇〇選にも選ばれている県内最古の部類の文化住宅である。

興禅寺

句碑「はるの山のうしろからけむりが出だした」の写真 鳥取市栗谷町。
 鳥取藩主池田家の菩提寺。池泉鑑賞式の美しい庭園が有名である。
 尾崎家の墓があり、昭和五年には「はるの山のうしろからけむりが出だした」の句碑が建立された。
 境内の奥には放哉(尾崎家)の墓もある。
  

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