ポップコンテスト2017 上野永輔さんへのインタビューの様子


上野さんと中学生達
  

期日

平成29年12月15日(金) 13時から14時

場所

米子市立図書館 

インタビュアー(優秀賞受賞者)

図書 中学校 学年 名前
竜馬がゆく 鳥取市立東中学校 2 藤井希望(ふじい のぞみ)
竜馬がゆく 米子市立湊山中学校 3 鐘築玲(かねちく れい)
舟を編む 鳥取市立西中学校 2 嶋田光紗(しまだ みさ)
舟を編む 境港市立第一中学校 3 陶山和泉(すやま いずみ)

インタビューを受ける人(本の推薦者)

上野永輔(うえの えふ)さん〔情報誌「さんいんキラリ」編集者〕
  

上野永輔さんに直撃インタビュー

※主な内容を抜粋してお伝えします
※司会は県教育委員会職員

司会

 このポップの売りや工夫したところ、苦労したところでもいいです、それと、この本を選んだ理由をお願いします。

上野さん

 背伸びした発言でなくていいので、思ったことを言ってください。
 自分が推薦した本を中学生が読んで、ポップを作ってくれたということ自体がすごくうれしいので、その意見が聞けたらうれしいです。

陶山さん

 (「舟を編む」は)辞書作りというなかなかない題材だったので、読むのが大変でした。

上野さん

 そうだね、わかります。辞書作りという題材はなかなか無いですよね。印象的な台詞や場面はありますか?

陶山さん

 ポップにも書いたんですが、「「右」を説明してください」というシーンが印象に残っています。固定観念に支配されていたなと思いました。

上野さん

 そうだね。「右」を説明しなさいって、難しいですよね。印象に残りますね。

鐘築さん

 このポップは、竜馬の格好良さが伝わるように考えました。

上野さん

格好いいと思います。

鐘築さん

 この本を選んだ理由は、もともと「竜馬がゆく」が大好きな本だったからです。

上野さん

 そのきっかけは何ですか?お父さんの本棚にあったとか?

鐘築さん

 お父さんに「次どんな本を読んだら良いかな?」と聞いたら、「歴史小説を読んでみたら?司馬遼太郎が有名どころかな。」と言われたので。

上野さん

 いいですね。自分の勧めた本を読んでくれて、お父さんもうれしいと思いますよ。本って読んだ人と読んだ人で同じ会話ができますよね。本好きは本好きを呼ぶと思っています。司馬遼太郎の本は、70代80代の人も知っている本だから、年配の方と話す機会があれば、この本の話ができると思います。そうすると年代を問わず、本がコミュニケーションの一つとなって素晴らしいですよね。

藤井さん

 このポップを作成して大変だったのは、布を裂いた部分と、竜馬のシルエットの切り取りです。もともと歴史が好きで、その中でも幕末が好きでした。竜馬にも興味があったので、これをタイミングにこの本を読んでみようと思いました。

上野さん

 僕は15歳の時に親戚のおばちゃんに薦められてこの本を手に取ったので、皆さんの年齢より後に読み始めました。みなさんの年代から読めるのは素晴らしいと思います。

嶋田さん

 この本(「舟を編む」)を選んだ理由は、アニメを見て面白そうだなと思ったからです。大変だったところは一番上の「舟を編む」という字をどれだけ目立たせるかです。

上野さん

 僕は20歳に近いときに「舟を編む」を読みました。辞書一つをとっても誰かの仕事で作られているんだと感じました。さっき陶山さんが言ったように、「右」という単語一つをとっても、その説明を誰かが考えて辞書に掲載したんですよね。何でも必ず誰かが考えて、誰かが仕事をしてこの世の中にあるということを改めて実感しました。この本を若いときに読んだということは、2人にとって財産ではないかと思います。インタビューの様子

司会

 上野さん、実際にポップを見られての感想をお願いします。

上野さん

 「竜馬がゆく」と「舟を編む」は作家さんが作った本だけど、このポップに関してはみんなが考えて苦労して作った作品です。作家さんが言いたかったことを受け取るのは読み手の自由で、作家さんが言いたいことと違う受け止め方をすることもあるから本は面白いと思っています。みんなが受け止めたことを形にした作品です。よくぞこんな立派な作品を作ってくれました。どの作品も立派でわかり易いと思います。
 仕事柄、書店員さんと付き合いがあるのですが、本をたくさん売ってくれるのは書店員さんなんです。作り手がどれだけ良い物を作っても、お客様とは直接接しない。本屋さんに置いたら、本屋さんがどう売ってくれるかがすべてです。書店員さんもポップを作ってくれるんですよ。皆さんがやったようなことを仕事としてされています。書店員さんが「私はこの本をこう受け止めて、こう売っていきたい」という思いでポップを作ってくれます。みなさんが作った作品はすぐにでも飾りたいものですね。作り手や作家さんも喜ぶんじゃないかと思います。

司会

 それではインタビューに入ります。質問をお願いします。

藤井さん

 「竜馬がゆく」を読んで、印象に残った台詞やシーンはありますか?

上野さん

 僕は新幹線等での移動時に本を読むのですが、先週仕事で東京に帰っていて、その時には6巻の薩長同盟を結ぶところを読んでいました。同盟締結が1回目はうまくいかなかったじゃないですか。失敗して、竜馬がもう一回中岡慎太郎の背中を叩いたところが好きですね。あれが無かったら今も徳川幕府だったかもしれないですよね。久々に6巻を読み返してしびれましたね。藤井さんはどこか好きなシーンありましたか?

藤井さん

 「世に生を得るは(事を成すにあり)」そこがいいです。

上野さん

 いい言葉だと思います。これが好きな言葉っていうのは素晴らしいと思いますよ。
 薩長同盟を結んだ後に、寺田屋に一緒にいたのが三吉慎蔵です。あまり歴史的に有名じゃない人ですが、僕は山口で三吉慎蔵のお墓に行きました。寺田屋はすごく有名なシーンですが、三吉慎蔵のお墓は結構寂れていました。竜馬や慎太郎の墓は有名ですが、その人の周りにいた人や、その人がそれまでに出会った人が150年経って今、崇められているかというのは別の話だなと思いました。
 自分の目で見に行くのはいいと思いますよ。「竜馬がゆく」は司馬遼太郎の作品で司馬遼太郎が思った幕末の話ですが、自分で見て思ったことが大事だと思います。実際に行ってみると、また違う見え方があるんだよね。ぜひ本を読んで気になったシーンはチェックして、行って、自分の目で見て欲しいですね。その場所で自分にしか気付けないものがあると思うし、空は150年前と変わらないはずだし、「ここで竜馬が過ごしたんだ」と思うと心に響く事が絶対あると思います。本を読み終わったらそこに行ってみようという次のステップがあると、また違う楽しさがあるんじゃないかな。

鐘築さん

 最近読んだ本は何ですか?インタビューの様子

上野さん

 大沢在昌の「新宿鮫」という本です。僕は、孫ターンなんですよ。生まれも育ちも横浜で、祖父母が米子にいたんですね。だから小中高の夏休みは2週間ぐらい米子にいたんです。米子には友だちがいないから、おじいちゃんおばあちゃんの家の本棚にある本を読んでいました。その本棚にあったのが大沢在昌シリーズです。サスペンス系です。祖母が3年くらい前に亡くなったんですが、祖母の本棚にあったものをもらって、それを久々に読み返していますね。最新の本ではないですが、どうしても自分に縁があるとか、関係があるものを読んでしまいますね。シリーズもので、10巻くらいまで出ていておもしろいので読んで欲しいです。大沢在昌シリーズは、他にもいろいろあります。「新宿鮫」はちょっと重たい、大人な感じがするかもしれないですけど、他にも読みやすいものもあります。大沢在昌は僕が好きな作家の一人です。
 伊坂幸太郎も好きです。「アヒルと鴨のコインロッカー」が一番好きです。僕には男の子と女の子の双子の子どもがいます。名前を考えるときに、妻も伊坂幸太郎が好きなので、「重力ピエロ」にインスピレーション受けて「春」という名前が頭のどこかにありました。双子だと判ったときに、いずれ離れていくんだけど、2人で一つの名前、熟語になったら面白いなと思って、「青」と「春」にしました。最初に産まれた方を「青」にしようと決めていました。女の子が先に産まれたので「青」、2番目に産まれた男の子が「春」。「重力ピエロ」の中に"春が二階から落ちてきた"というフレーズがありますね。
 伊坂幸太郎はいいですよね。時空を駆け巡る感じで。最後に線がつながるというか、ビビビっときます。

嶋田さん

 中学校の頃に読んで今も心の中に残っている本はありますか?

上野さん

 本を読む年齢は割と遅かったと思います。親からは読め読めと言われていましたが。それよりも、友だちと遊んだりゲームをしたり漫画を読んだり、楽しいことがあって。
 中学生の時に読んだのは「チーズはどこへ消えた?」という本です。たぶん当時流行っていたんでしょうね、親から読みなさいって言われたんだと思います。僕はチーズの話だと思って読みましたが、全然違いました。読んだらわかると思います。大人になってから読み返すと、全然違う見え方がありました。
 さっきも言いましたが、子どもの頃、夏休み中、祖父母の家で「燃えよ剣」も読みました。これも司馬遼太郎ですね。土方歳三の話です。「燃えよ剣」を読んで18歳か19歳の時に土方さんのお墓に実際に行きました。石田寺(せきでんじ)にお墓があります。彼は石田(いしだ)散薬という薬を売り歩いていたんですが、「石田散薬という名前は石田寺からきているんだ」ということを現地に行って知りました。
 土方さんのお墓は三角形になっていました。みんな土方さんが好きだから、削って持って行くみたいです。死んで150年ぐらい経つのにお墓が三角になるほど愛されているんです。
 お寺のまわりをキョロキョロ回っていたら、表札に「土方」と書いてある家があって、勝手に末裔だと思い込み、ピンポンを押しました。すごく怖そうな人が出てきて「上がりなさい」と言われて家に上がりました。70代ぐらいのおじいさんで、保護司をされていた方でした。末裔ではなく、その一帯は「土方」という名字の方が多かったみたいです。その人も土方歳三のファンで「歳三さんに見られているから変なことはできないと思っている」と言っていました。僕にとってはすごく貴重な出来事で、今も鮮明に覚えています。

陶山さん

 編集者の仕事はどんなことをするんですか?

上野さん

 僕はまだ編集者としては未熟です。でも編集長というすごく大きな存在の人がいるので、それをお話しますね。
 編集者は企画の前段階から完成するところまで、すべてをやります。ライター、カメラマンを誰にするか、どんな話を取材者から聞き出すか考えます。実際に取材する際には、ライターやカメラマンに注文をします。原稿と写真があがってきたら、それを紙面に落とし込みます。デザイナーにお願いする人もいれば編集長がデザインする場合もあります。その後、取材相手に自分の思いを伝え交渉をしたり、印刷会社に「もっと赤を強くしてくれ」とか、紙面に落とし込んだときのデザインを交渉したりします。
 本が出来あがったらPRします。販路開拓のため、例えば店員さんに「できればこういう売り方をして欲しい」といったやりとりをします。
 そして編集者はすべての責任を持ちます。記事に対する読者からのクレームに対する責任も編集の人間が持ちます。取材させてくれたお店に罪は無いので。我々が取材させていただいて載せたので、取材させてもらったお店からのクレームも全部受け止めます。
 今の話を聞くとつらいことばかりと思うかもしれないけれど、そんな事はないです。編集者の名前が奥付に載ります。編集の名前は最初に載りますよね。それは編集長の特権だと思います。それはたまらなくやりがいがあるし、名前も残っていきますし。

鐘築さん

 いつから編集者になろうと思ったのですか?

上野さん

 僕はたまたまのご縁で今の仕事に就いているので、編集者になろうとは思っていなかったです。ただ思い返してみると、父が雑誌関係の仕事をしていました。父も活字の世界で生きていた、だから血は争えないなと思っています。
 僕は2011年の東日本の震災の時、東京で仕事をしていたのですが、その後、会社が思うようにいかなくて3月末で仕事が無くなってしまったんです。4月からは仕事もないし、何をしようかなと思っていたら2011年の4月末ぐらいに「さんいんキラリ」の編集長に「もし山陰で生きていくつもりがあるのなら1年間は雇用してあげるよ」と言われました。それまで僕はずっと横浜で生きていくものだと思っていました。でも「祖父母の家に住めばいいし、行こうかな」と思い、決めました。
 編集者がどういう仕事をしているのか、さっき格好つけて説明しましたが、それもこの6年くらいで自分が得た情報です。中高生の時には編集者がどういう仕事かわかっていなかったし、編集者になろうとも全く思っていませんでした。縁があって声をかけてもらって飛び込んで編集者になりました。
 編集者になりたい人は結構いっぱいいると思います。すごく責任もあるけどいい仕事だと思うので、大変だけど頑張ってやっています。

藤井さん

 中高生のうちにやっておいて欲しいこととか、やっておかないといけないことはありますか?インタビューの様子

上野さん

 やらなくていいことは無いです。何でもやってほしい。今からやっておけば30歳になったときに「私、14歳からやっているんです」って言えますよね。それは歴史だよね。今から続ければ、すぐにプロフェッショナルになると思いますよ。
 ありがちな事だけど、日記は書いたほうがいいと思います。大人になったときに読み返したら恥ずかしいと思うけど。いつか結婚して子どもができたときに、自分が14歳の時に何を思っていたかは思い出せないかも知れないけど、日記があれば読んで子どもに話ができますよね。僕は最近書けていないんですが、5、6年書いていて、すごく恥ずかしいと思いながら読み返します。昔から自分が変わっていない部分と、昔の自分に「大人になったぞ」と言えるところもあっていいですね。
 あとは、おじいちゃんおばあちゃんとたくさん話をして欲しい。おじいちゃんおばあちゃんが、あなたのお父さんお母さんの子どもの頃の話ができると思います。お父さんお母さんは格好つけていろいろ言うと思います。お父さんお母さんのことを知っているその上の世代に聞くと、親とは全然違う答えが出てくると思います。物事はひとつの見方だけじゃない、親があなたに言うことだけが正解じゃないから、おじいちゃんおばあちゃんにも聞いてみる。そうしたらあなたの見聞も広がると思います。身内だけではなく、いろんな人の話を聞いて欲しいですね。「説教くさいな」と思ったこと、「いいな」と思ったことをそれぞれ残しておいて、あとで答え合わせをしていけばいいと思う。「説教臭かったけど、あの人は間違ったことを言っていなかったな」とか「あの人は口だけだったな」とか後で答え合わせができるから。
 僕は割と生意気というか反抗的な人間だったんですが「先生の言ってたことは全部じゃないけどあそこは合っていたな」とか「言うことを聞いとけば良かったな」とか、歳を重ねていくと答え合わせができます。みなさんはまだ14歳、15歳で答えを書かされている段階ですが、それが正しいか正しくないかは後でしかわからない。大人は答え合わせをし終わっているから、みんなにうるさく言うんです。あなたには100点の人生を送って欲しいから。
 人生を長く生きているということは、自分とは違う体験をしている人なので、僕は相手の言うことを自分なりに消化して「この人と出会った意味はある」と考える質です。たくさんの人と話をして、いろんなことに耳を傾けてほしいと思います。

司会

 最後に、上野さんから中学生にメッセージをお願いします。

上野さん

 最初にも話しましたが、「本が好き」ということでいろんな人とコミュニケーションがとれると思います。例えば今、部活でバスケットやっているとして、大人になってからバスケをしている人と出会えるかというと、なかなかないと思います。「この本が好き」ということであれば、共通のコミュニケーションができると思います。本を続けて読んでもらえたらいいなと思います。
 今日は本当にご縁なので言っておくと、鳥取県民というのはすごく希少価値の高い人間だということを肝に銘じてほしいですね。僕は24年間横浜で過ごして、鳥取に来てからは横浜や東京の友だちとはSNSでつながっているんですが、彼らにとっては僕が初めての鳥取県民なんです。都会の人は鳥取県民に会ったことが無いんです。みなさんにはもっと鳥取の本を読んで鳥取マスターになって欲しいですね。世界に出たときには「私はフロム鳥取で、鳥取はこういうところで」って言ったら、「トウキョウ、キョウト、オオサカしか知らなかったけど、トットリ?」と思われますよ。あなたたちが観光大使ですよ。出会う人出会う人に、あなたたちが鳥取の説明ができれば、それだけで鳥取を売り込むことになります。せっかく今、鳥取で生活を送っているのであれば、たくさん鳥取のことを学んで欲しいな。それが鳥取以外のところに行ったときにすごく武器になるし、相手にとっても面白い存在になると思う。
 鳥取は歴史や神話がすごく豊富な都道府県だと思うから、あなたたちみたいな若い人が鳥取、ひいては山陰地方のことを学んで、例えば好きな作家さんが鳥取の事を書いている本を探すとか、鳥取が舞台になった物語を探してもいいと思う。縁があってわずか56万人の人口のうちの1なので、ぜひ鳥取をバックボーンにして学んでほしいですね。鳥取を離れた時に生きてくると思います。
 今あなたたち普通だと思って暮らしていることは、当たり前じゃないですよ。例えば中学校での昼食は給食ですよね?横浜は弁当なんです。それだけでも横浜の人からしたらびっくりすることなんです。「おかわりし放題なの?給食費いくら?」「誰から順番に注がれるの?」といった興味を持つんです。今暮らしていること、今やっていることが決して当たり前じゃないと思って、今居る環境、鳥取のことをしっかり学ばれたらいいと思いますね。
 15年後、みなさんが30歳くらいになったとき、僕は45歳ですけど、また今日のような場を作ってもらって答え合わせをしたいですね。