第102回県史だより

目次

鳥取と韓国の民俗行事の比較(その2)綱引き行事

はじめに

 「第97回県史だより」では、韓国全羅北道井邑市貞良里元貞村の小正月の火祭りを紹介しました。今回はその続きとして、2014(平成26)年2月14日、15日(旧暦正月15、16日)に元貞村の堂山祭でおこなわれた綱引き(チュルダリギ:줄다리기)行事とその準備の様子を紹介します(注1)

綱引きにかかわる伝説

 綱引きは、天龍であったが昇天せず大蛇と化し元貞村の守護神となった、堂山神をまつる祭の中で行われます。また綱は龍綱(ヨンジュル:용줄)と呼び、この守護神をかたどったものとされます。この綱引きは守護神をまつり、村の安泰と共同、村人の長寿、出世を願うものといいます。

天龍を描いた旗の写真
元貞村の守護神となった天龍を描いた旗

準備・龍綱ない

 綱引きの準備は、本祭の前日、旧正月15日に行われます。2014年は、午後3時頃からはじまりました。3本の木材で櫓(やぐら)を組み、そこに「龍綱」を掛けてないます。櫓の上に一人乗って綱を押さえ、櫓から下がった三本の藁縄を、三人がリズムを合わせてなっていきます。

龍綱をなう様子の写真
龍綱をなう様子

 目標となる長さは約100メートル、綱の直径は20センチ程度だそうです。かつてはもっと長く、また太さは30センチほどでしたが、村人が減ってきており、あまり長く太い綱では綱引きが出来なくなってしまったそうです。この日は、2時間ほどで25メートルになり作業は終了しました。

完成に近づく龍綱の写真
完成に近づく龍綱

 翌日の祭日、午前9時半頃、龍綱ないが再開されます。ここから龍綱な急ピッチでなわれ、お昼には完成します。

農楽

 午前中、龍縄ないが行われる中、農楽が行われます。農楽隊は、会館前の広場に置かれまだ綱ない作業が行われる回りを囃したてるように行進し、さらに太極旗のような陣形で行進します。また井邑市当局も伝統行事の保護に力を入れていて、井邑市長などのお祝いの挨拶などが行われました。

龍綱のまわりで農楽がおこなわれる様子の写真
龍綱のまわりで農楽がおこなわれる様子

昼食と女性の活躍

 祭の当日、元貞村の婦人会が2日がかりで準備した昼食が、参加者、見物人誰にでも振る舞われます。またマッコリ(韓国の濁り酒)もたくさん振る舞われます。このときの献立は、ご飯、主菜はゆで豚、副菜の韓国風野菜お浸し(ナムル)とモヤシスープでした。

婦人会が昼食を振る舞う様子の写真
婦人会が昼食を振る舞う様子

 お昼が終わると、農楽隊がまた行進をはじめます。まず会館前から堂山神が宿る堂山木(女)の前に農楽隊が行進、その前を回り、堂山木に対して3回礼をします。次に農楽隊は堂山木(女)から堂山木(男)に行進し、また堂山木(男)の前を回り3回礼をします。堂山木(男)の前から農楽隊は広場の中央を回り一時終了、休憩します。

綱引き

 農楽隊は堂山木への行進から帰って15分くらい休憩し、再び広場の龍綱のまわりで農楽を行います。完成した龍綱は庭の中央に出ます。そして住民たちが龍綱を持ち、村の中心の道である綱引きの位置に移動し、同時に農楽隊は堂山木前で農楽を行います。

笑顔の楽士の写真
笑顔で農楽をおこなう楽士
移動する龍綱の写真
移動する龍綱の様子
堂山木の前で農楽をおこなうの写真
堂山木(女)のまえで農楽をおこなう様子

 続いて農楽隊が龍綱の位置に到着、農楽隊は龍綱の尾(南側・下流方向)から右側から左側にまわります。龍綱の頭部分で農楽隊行列がまわりながら囃します。

 綱引きは男対女で行います。男(龍綱の頭の方)が勝つと不幸になるといい、女性(龍綱の尻尾の方)が勝たなくてはならないといいます。3回勝負で、だいたい1回目女が勝ち、2回目は男、3回目が女となることが多いそうです。里長の銅鑼(どら)の音で綱引き開始。2014年は1、2回目は女性が勝利、3回目は男性が勝利しました。

綱引きの様子の写真
男女が綱引きをする様子
綱引きで勝利し喜ぶ女性たちの写真
綱引きで勝利し喜ぶ女性たち

ジンサッキと龍綱の安置

 綱引きが終わると農楽隊を先頭に、龍綱が広場に戻ります。龍綱が広場で円(渦巻きのように)を描きながら駆け巡り、3回とぐろを巻きます。これをジンサッキ(진쌓기)といいます。午後3時頃、ジンサッキが終了すると、龍綱は堂山木(女)の根元に安置されます。

龍綱がとぐろを巻くような動きをする様子の写真
龍綱がとぐろを巻くような動きをするジンサッキの様子
堂山木(女)の根元に龍綱が奉納される様子の写真
堂山木の根元にとぐろを巻くように納められる様子

長老による祭祀と女性による祭祀

 龍綱の安置が終わると堂山木(女)の前に祭壇が設けられ、長老による祭祀(チェサ:제사)がはじまります。

堂山木前で儒教式の祭祀を行う長老たちの写真
堂山木の前で儒教式の祭祀を行う長老たち

 同時に、女たちは堂山木(女)の根元に白米を盛った容器を置き、それにロウソクを立てて、村の安泰、健康などを祈ります。かつては焼紙(紙のお札のようなもの)を飛ばしたといいますが、今回は行われませんでした。

堂山木の根元に白米を盛った容器にロウソクを立て祈願する女性たちの写真
堂山木の根元に白米を盛った容器にロウソクを立て祈願する女性たち
堂山木の注連縄に1万ウォン紙幣を奉納する女性の写真
堂山木(女)の注連縄に1万ウォン紙幣を奉納する女性(注2)

 祭祀は、長老が祝文を読み、里長のほか住民が堂山神に対して礼拝します。祭祀が終了すると、住民たちに豚の頭や餅など祭壇にあった供物が配られます。その後、農楽隊が堂山木(女)の前、堂山木(男)、広場で農楽を行い、堂山祭は終了します。

おわりに

 韓国元貞村の堂山祭、綱引きは、村の守護神信仰と結びつき、綱引きは男対女で競い、男は儒教式の祭祀行う一方、女性は焼紙を焼くなど民俗宗教的な儀礼を行うなど、男と女を両極として行う特徴があります。

 日本でおいても、鳥取県三朝町の「陣所(じんしょ)」とよばれる綱引きでも、雄綱が東、雌綱が西となり競い、二極を男女にかたどる点など類似します。

 また神木に蛇や龍に見立てた綱を巻き付ける、または根元に巻いて奉納するのは因幡の菖蒲綱引きの綱や、米子市淀江町上淀の八朔綱引き、中国地方の大元神を中心とした行事と共通します。

 異文化を見る場合、大きくは共通する点を重視するか、異なる点に重視するかに分かれると思います。私としては韓国の民俗について異なる点を無視するわけではありませんが、同じ農耕文化を土台とした東アジアの国として共通点を重視したいと思っています。特に今回の調査で現地の方々に快く協力いただき、改めてそのような思いを強く持ちました。

(注1)調査地の経緯、位置などについては「第97回県史だより」を参照。

(注2)男性は堂山木(女)のある1段高い場所にはほとんど上がらないが、女性たちは堂山神により近く高い場所で男性とは全く関係なく祭祀、祈願を行うのが特徴である。この祭は、韓国におけるジェンダーの問題などを考える上での一つの資料になるだろう。

(参考文献)朴順浩「井邑市山外面貞良里堂山祭」『全羅文化研究』第17集(2006年、全北郷土文化研究会)*原文韓国語

(樫村賢二)

活動日誌:2014(平成26)年9月

4日
県史編さんにかかる協議(鳥取大学、岡村)。
考古資料の返却・資料調査(北栄町歴史民俗資料館・倉吉博物館、樫村)。
6日
県史編さん協力員(古文書解読)東部地区月例会(鳥取県立博物館、渡邉)。
7日
県史編さん協力員(古文書解読)中・西部地区月例会(倉吉市・米子市、渡邉)。
資料調査(県立図書館、前田)。
9日
個人宅訪問・岩佐委員との打合せ(米子市内、前田)。
11日
中世史料調査(宇部市教育委員会、岡村)。
資料調査(軍事兵事編)(やまびこ館、前田)。
12日
中世史料調査(県立山口博物館、山口県文書館(山口市)、岡村)。
民俗(墓制)調査(~14日、湯梨浜町・北栄町、樫村)。
13日
資料調査(県立図書館、前田)。
16日
資料調査(鳥取二十世紀梨記念館・倉吉博物館、樫村)。
25日
史料調査(米子市立山陰歴史館、渡邉)。
29日
資料調査(軍事兵事編)(栃木県立文書館、前田)。
30日
資料調査(軍事兵事編)(~10月1日、東大史料編纂所、前田)。
出前講座(市民大学郷土の歴史講座)(鳥取市文化センター、樫村)。

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編集後記

 秋も深まり、県史編さん室の窓から見えるケヤキ並木の紅葉も深まりつつあります。さて10月30日(木)、鳥取県史ブックレット15『鳥取県への学童疎開』(石田敏紀著)の頒布を開始しました。アジア・太平洋戦争の体験者は年々減少していますが、体験者の聞き取りやさまざまな資料から、鳥取県への学童疎開の実態がよくわかる書籍となりました。2014年は、学童集団疎開が実施されて、70周年にあたるそうです。読書の秋、秋の夜長をこの1冊でお過ごしいただければと存じます。

(樫村)

  

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